Column

県立志布志高等学校(鹿児島)

2011.05.03

鹿児島県立志布志高等学校

鹿児島県立志布志高等学校 2011年05月03日

地理的ハンディ

バスに乗り込む野球部員

「バスの時間なので先に上がらせていただきます。ありがとうございました。さようなら」

「バス上がり!」のコールがかかるとバスで帰る部員が一斉に塗木哲哉監督のもとに集まってくる。そしてその挨拶をしたあと、急いで部室で着替えを済ませ、最終である18:30のバス時刻に合わせるため、学校前のバス停に急ぐ。中には走っていく部員も少なくない。慌ただしく乗り込んだ路線バスには、先に乗っている他の生徒や一般客が座っているため、野球部員は当然、吊り革につかまることになる。

九州南部、鹿児島県の東側、大隅半島の最東部に位置する志布志(しぶし)市にある鹿児島県立志布志高校である。この大隅学区の中でも進学校と知られる同校には、広い大隅半島の各地から生徒が通っているため、通学に時間を要する生徒も多い。野球部員も例外ではない。その大半がバスかバイク(原付)で通学しており、帰りのバス最終時刻は18:30。それに間に合わせるように練習を終える必要があり、他校の野球部に比べても時間的なハンディが大きい。部員の中には、バスを降りた後、さらにバイクに乗って帰らないと家にたどり着かない部員もいる。

バイク通学生と自転車通学生

1年夏からレギュラーとして活躍し、現在は3番・捕手とチームの中心選手である主将の山下貴裕は大隅中学の出身。本人は「もう慣れました」とおどけるが、学校からの帰りはバスに揺られること約30分。そこから今度はバイクに乗り換えてさらに約30分、真っ暗な山道を帰っていく。

部員の中で距離的に一番遠いところから通っているという和田融季(2年)は、宮崎県都城市との県境近くにある財部中学の出身。7:30から始まる朝の課外授業に間に合わせるために毎朝5:30に起床し、1時間近くバスに揺られて通学している。

また、バイクで1時間近くかけて通学している部員もいる。川添航(2年)は、輝北町にある百引中学の出身。06年の合併で鹿屋市となった同町は「日本一星空の美しい町」として知られるほど山間に囲まれた町である。そんな川添は、バイク通学ができるようになってこんないい面がでてきたという。

「今まで(バイク通学するまで)は、親に送ってもらっていたのですが、たまに時間が合わなくて親に負担をかけていました。バイクで通学するようになって親に負担をかけなくなったことがよかったと思います」

とはいえ、往復約2時間をかけての通学。早い起床時間に、帰宅時の疲労、さらに南国・鹿児島とはいえ、冬場は手足がかじかむなど本人の苦労は少なくないはず。そんな中、親に対する思いがにじみ出ているような素晴らしいコメントを残してくれた。

短時間の練習の中で

フリー打撃も守りは定位置

練習の開始時間は、6限授業の場合こそ、15:45くらいから始められるが、通常は16:45から。ということは1時間ちょっとしか練習ができないことになる。 

そのため、いかに効率よく練習するかということが当然、課題となってくる。

冬場にも毎日欠かさずボールを使った練習をするなど「一年中、複合的にいろんな練習をやっていかないと身につかない」(塗木監督)。そんな意識の中、日々の積み重ねから練習方法の形が年々変わってきた。
例えば、ノックにしてもこんな工夫をしている。

「ノックを打つよりも実際に打った打球の方がためになるわけですよ。フリー(打撃)をしている中で各ポジションの定位置について守る。だから(打撃投手の防球)ネット一つにしても(打者から見て)縦方向にして打球が間を抜けるようにしてあります」(塗木監督)

それはピッチャーも実打の中でピッチャーゴロの練習をするためにわざとネットとネットの間を空けているという意味も含まれている。ただ、まだ慣れない1年生が投げる時などはネットをL字に置くなど能力や状況に合わせて、注意しながら行っていることも忘れていない。

そんなこともあり、ノックだけという練習は、ほとんどやっていない。効率を考える中でフリー打撃の交代時などの合間を無駄にしないようにコーチ(山田和久部長か日高慎一郎副部長)が各ポジションについている選手にノックを打つ。ちなみに取材当日はコーチが家庭訪問で不在のため、代わりに部員がそのノックを打っていた。

このページのトップへ


おそらく日本一速いと思われる全員でのランニング

さらに部員全員で行うランニングには目を見張るものがある。

普通、ランニングといえば、試合前や練習前などでよくみられる光景だが、志布志のランニングには、他校の部員も思わず見とれてしまう程のものがある。おそらく日本一のスピードではないかというほど速さで、しかも足並みが見事に揃っているのだ。

「まずは一歩目から」という意味を込め、先頭をピッチャー陣に。

そしてランニング終了時には、部員全員で最後をしっかりと踏みしめる。最初から最後までをしっかりという意味を込めたランニングなのだ。

短時間の練習=効率アップ=集中力

そういう心掛けの積み重ねからも部員それぞれの高い意識が芽生えている。

「短い時間を無駄にしないため、一つ一つの濃い練習をより多くこなしたいと思っています。自分たちでどこがよかった、悪かったなどを常に考えることも大事にしています。時間は短いですが、みんな集中していますね」(山下主将)

18:05に練習を終了し、連絡事項的なミーティングを約1分、練習がこんでいる時や練習の中でミーティングをした時は「ミーティングなし」の場合もあるという。「うちはミーティングよりグラウンド整備の方が長いですからね」と塗木監督が笑うが、そのグラウンドに対する感謝の気持ちを忘れていないところからも選手それぞれの高い志が生まれているのではないか。3年生から1年生までの全部員が限られた時間の中、丁寧に整備を行っている姿をみていても、それが十分に伝わってくる。

そんな短時間というハンディを抱えながらも、志布志は安定感あるバッテリーを中心に一人一人がキッチリと役割を果たし、昨秋の鹿児島大会では、シード校を撃破するなど春夏秋の大会を通じて28年ぶりの県大会ベスト8に進出した。その結果、大隅地方の地理的ハンディからおこる練習時間の制限などを克服、地方の進学校として文武両道をめざし、他校の模範、励みになるということも評価され、第83回選抜高等学校野球大会において、鹿児島県の21世紀枠の推薦校に選ばれた。


大隅半島から初の甲子園へ

実は取材のアポイントをとらせていただいた際に塗木監督とこんな会話をしていた。

「もし、取材当日が雨だったら練習は体育館とかですかね?」(筆者)
「いえ、雨でもグラウンドでやります。昨年の夏のことがありましたからね」(塗木監督)

昨年の夏とは?

第92回全国高校野球選手権鹿児島大会の初日は開会式前から雨が降り続いていた。その日の[stadium]鴨池市民球場[/stadium]での第二試合、1回戦の種子島戦でのことであった。
志布志は、序盤に1点ずつ点を積み重ね、2対0と2点リードしていた。だが、7回裏の守りで急に雨が強くなりグラウンドは水浸し。ツーアウトを取ってから一挙7点を奪われてしまった。食い下がる志布志は8回に2点を返したが、気が付けば4対7で試合が終了していた。

昨夏の反省から雨での練習も行っている

その試合をキッカケに雷雨や豪雨以外、試合が行われると予想されるくらいの雨では練習を行うようにした。しかも取材当日は本当に雨での練習となった。部員の中にはカッパを着て練習するものもいる。ボールを握る指も普段の2本(人刺し指、中指)を3本(人差し指、中指、薬指)にするなど雨に対する工夫も徐々にでてきているようだった。

そんな最中(さなか)、同じ大隅地方のライバル校が大金星を上げた。地元・鹿児島で開催された春の九州大会。センバツ準Vの九州国際大付を撃破するなど準々決勝に進出する活躍で、大会を大いに盛り上げてくれた鹿屋である。そのことについて志布志の各部員に話を聞いてみると口を揃えたようにこういった。

「悔しいですね」

大きく言えば大隅半島のことを大隅地方ということになるが、それを細かく言うと肝属地区の鹿屋、曽於地区の志布志というように互いに進学校。よきライバル校として切磋琢磨する間柄である。
毎年、公式戦や練習試合などでいつも負けていた志布志だが、新チーム結成直後の練習試合でその鹿屋に勝っている。そして秋の県大会では、志布志がベスト8に進出したが鹿屋は初戦で敗れた。
そんな志布志の活躍と21世紀枠の推薦校に選ばれたことが、今春、鹿屋が九州大会で大躍進という勢いをつけた一因ではないだろうか。

過去、大隅半島(地方)からの甲子園出場はない。しかし、そんな大隅地方を活気つけようと、独自の取り組みを行っている。毎年11月には大隅リーグという野球イベントを開催し、県内外のチームを交流させることによって各チームのレベルアップを図っている。さらに今年の2月からは各地区で研修会を開くことにもなり、大隅地方では興南の我喜屋優監督に来てもらい研修会を開催するなど、年々、大隅地方の高校野球熱は高まっている。そんな地道な取り組みの成果もあって、今春は大隅地方から2校(鹿屋鹿屋中央)も九州大会へ出場することとなった。

まずは一歩目から、そして最後は部員全員でしっかりと踏みしめる。志布志野球部のランニングに象徴されているように大隅半島から初の甲子園へ。今度は憧れの大地をしっかりと踏みしめてみせる。

(文=アストロ)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.19

【島根】石見智翠館、三刀屋がコールド発進<春季県大会>

2024.04.19

【山口】下関国際、高川学園、宇部鴻城がコールド発進<春季大会>

2024.04.19

【福岡】福岡大大濠-福岡、西日本短大附-祐誠、東筑-折尾愛真など好カード<春季地区大会>

2024.04.19

【春季千葉大会展望】近年の千葉をリードする専大松戸、木更津総合が同ブロックに! 注目ブロック、キーマンを徹底紹介

2024.04.19

【熊本】熊本国府は鎮西と対戦<RKK旗組み合わせ>

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.15

四国IL・愛媛の羽野紀希が157キロを記録! 昨年は指名漏れを味わった右腕が急成長!

2024.04.17

仙台育英に”強気の”完投勝利したサウスポーに強力ライバル現る! 「心の緩みがあった」秋の悔しさでチーム内競争激化!【野球部訪問・東陵編②】

2024.04.16

【春季埼玉県大会】2回に一挙8得点!川口が浦和麗明をコールドで退けて県大会へ!

2024.04.15

【春季和歌山大会】日高が桐蔭に7回コールド勝ち!敗れた桐蔭にも期待の2年生右腕が現る

2024.04.09

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.03.23

【春季東京大会】予選突破48校が出そろう! 都大会初戦で國學院久我山と共栄学園など好カード