「山形県立北村山高等学校」

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第16回 県立松山商業高等学校(愛媛)2011年01月14日

「殻」を破り始めた選手たち

泣き叫びながらもメニューに取り組む

 12月29日、合宿2日目の練習は午前5時、静寂の学校グラウンドから始まった。
夕食後も野球日誌の提出、入浴、洗濯があったため、午前0時にようやく横になれた選手たち。
そんな彼らの眠気を振り払うべく、いきなり過酷を極める体幹運動の連続にグラウンドからはうめき、叫び、そして苛立ちの声が上がり始める。
それは弱かった自分たちの本性をえぐり出し、超えようとするもがきの声にすら聞こえてくるものであった。

 わずか1時間とは思えない気が遠くなる早朝練習の後は、掃除、朝食、合宿3度目の10km走で再び砂浜へ。
そこでは昼食をはさんで約5時間にわたる初日以上の、正に「筆舌に尽くしがたい」練習が繰り広げられた。
それでも選手たちは苦しさにうめき、そしてついには泣きながらも、松山商伝統のあいさつ練習に始まり、干潮時を利用した波打ち際の坂道ランニング、声出し、ヒンズースクワッド、腕立て伏せ、様々なジャンプなど、やつぎばやに続く1つ1つのメニューへ真摯に立ち向かっていった。

その激しさは激励に訪れたOBの石丸太志さん(01年夏甲子園出場・現:三菱重工神戸硬式野球部捕手)も「僕らのときより厳しい。ここまで徹底的に教育されているとは・・・」と話したきり絶句するほど。
そして、その中から次々と自分のこれまでの限界を超え、「殻を破る」選手が出始めた。

その代表格は秋まではケガが多く、グラウンドで姿を見かけることすら少なかった外野手の矢野慎太郎(1年)であった。
「いつもは自分に負けているが、3年生や周りの人々の声援でこのままではいけないと思った」
彼は、午前最後のメニューとなるシャトルランでは、北川主将から「足が遅いのに頑張っている」と言わしめるほどの頑張りで苦しい時間帯にあったチームを牽引。
その連鎖は午後の400m往復走で互いを激励する声となり、2日目のハイライトとなった最後の山越え10km走では、とてつもないパワーとなって表れていた。
2日目の食堂における彼らの表情。それは1日目のあどけなさとは異なる、いっぱしの「男の顔」になっていた。

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松山商 【高校別データ】
コメント (2)
松山商の体力トレーニング2011.11.15 OBナイン
懐かしく思いながら体力トレーニングの風景を
見させてもらいました。確かに、浜辺で走りこむと
何故か顔に砂が付いている選手がいるんですよね。

きっとうつむせで寝た状態から走り出す練習の時、
どうしても付いてしまうんだと思います。
払い除けないのは、監督から見ても、
「”おっ”全力でやってるな」って思われるから
なんでしょう。

3年間で下半身のトレーニングは特に多く、学校から
10km先の浜辺や学校から牧場のある山まで等、
よく走らされた記憶があります。

特に厳しい思いをした記憶は、1年生の頃、雨の日の
校舎内での筋トレーニングでこれは最も過酷な練習でした。
いつも授業の5時限目くらいから憂鬱になったものです。
階段ダッシュ、指たて伏せ、腹筋、背筋、スクワットこれの
繰り返し4時間です。

個人的には、指導係の上級生3人がとっても厳しく接するため、
途中、反発する選手は1人もでませんでした泣き出す者もいて
甲子園に行きたい!なんてムードもがた落ちでした。


はっぱり、指導者がムードを作りながら指導してくれる方が
選手のモチベーションも維持できるのではないでしょうか?
涙がでました2011.01.22 野球母さん
冬合宿特集 楽しく読ませていただきました。
と同時に涙がでました。
息子は今 高校2年、今年最後の夏にむけて
一生懸命練習に取り組んでいます。

他校の練習って気になるものですから
今回の特集記事はとても興味深い内容でした。

息子達も過酷な冬合宿を終えた時は
全員で叫んだそうです。
やはり中には泣き出した選手もいたようで・・。

ときどき練習を見に行きますが 
夏にかける思い・・ぜひ夢をかなえて
ほしいです。

母たちは 洗濯と食事つくりくらいしか
サポートしてあげられないですから。
お米をとぐ度に
「いっぱい食べて頑張れ」と祈ってます。

今後も「野球部訪問」楽しみにしています。
そして いつかわが高校に取材に
きてもらえるよう頑張ります。

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プロフィール

寺下友徳
寺下 友徳
  • 生年月日:1971年12月17日
  • 出身地:福井県生まれの東京都東村山市育ち
  • ■ 経歴
    國學院大學久我山高→亜細亜大。
    幼稚園、小学校では身長順で並ぶと常に一番後ろ。ただし、自他共に認める運動音痴から小学校入学時、早々に競技生活を断念。その後は大好きなスポーツに側面から関わることを志し、大学では応援指導部で4年間研鑽を積む。亜細亜大卒業後はファーストフード販売業に始まり、ビルメンテナンス営業からフリーターへと波乱万丈の人生を送っていたが、04年10月にサッカーを通じて知り合った編集者からのアドバイスをきっかけに晴れてフリーライター業に転進。07年2月からは埼玉県所沢市から愛媛県松山市へと居を移し、現在は四国地域を中心としたスポーツを追いかける日々を過ごす。
  • ■ 小学校2年時に福岡からやってきた西武ライオンズが野球と出会うきっかけ。小・中学校時代では暇さえあれば足を運んでいた西武球場で、高校では夏の西東京予選の応援で、そして大学では部活のフィールドだった神宮球場で様々な野球を体感。その経験が取材や原稿作成の際に「原体験」となって活きていることを今になってつくづく感じている。
  • ■ 執筆実績
    web上では『ベースボールドットコム』(高校野球ドットコム、社会人野球ドットコム、独立リーグドットコム)、書籍では『ホームラン』、『野球太郎』(いずれも廣済堂出版)、『週刊ベースボール』(ベースボール・マガジン社)など。『甲子園だけが高校野球ではない2』(監修・岩崎夏海、廣済堂出版)でも6話分の取材・文を担当した。

    さらに野球以外でもサッカーでは、デイリースポーツ四国3県(香川・高知・愛媛)版・毎週木曜不定期連載中の『スポーツライター寺下友徳・愛媛一丸奮闘記』をはじめ、「週刊サッカーダイジェスト」(日本スポーツ企画社)、『サッカー批評』、web『スポーツナビ』など多数媒体での執筆実績あり。また、愛媛県を熱くするスポーツ雑誌『EPS(ehime photo sports)』でも取材協力を行っている。
  • ■ ブログ:『寺下友徳の「四国の国からこんにちは」』■twitterアカウント@t_terashita
    ■facebook: http://www.facebook.com/tomonori.terashita
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