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ベースボールとバイオメカニクスの基本

2011.01.19

殖栗正登のバランス野球学

ベースボールとバイオメカニクスの基本2011年01月19日

 明けましておめでとうございます。有限会社ベースボールトレーナーズ、代表の殖栗正登です。本年もよろしくお願いします。今年の目標は接骨院で一人でも多くの球児の体をケアすることです。
 さて、今回は、当院にはお陰さまで本当に多くの選手の方に頂いていますが、物理学的な話をよくしています。毎回分かりやすく説明するように心がけていますが、このコラムでも、選手なら必ず知っておいた方がよいことについてお話しようと思います。

【目次】

「スポーツバイオメカニクスって何?」→P1
「エネルギーがよく分からない」→P2
「内旋・外旋トルクについて知りたい」→P3
「鞭のようにしなるフォームとは」→P4
「スポーツバイオメカニクスとピッチングの関係って?」→P5

「スポーツバイオメカニクス」とは

 まず、「スポーツバイオメカニクス」とは大きく二つに分けられます。

1:キネマティクス(運動学)

 これは動きを見ています。プロ選手がビデオなどでよく自分のフォームと他人のフォームを比較をしていますね。扱う物理量は

A:並進運動は変位、速度、加速度
B:回転運動は角変位、角速度、角加速度

となります。これらは運動の「結果」を表したものです。もう一つが

2:キネティクス(運動力学)

 物理量は「力」です。スポーツパフォーマンスを発揮するときは、重力、地面反力、空気抵抗などの「外力」と筋力などの「内力」を使った結果になります。
 例えば、フォースプレートを用いれば、ピッチャーが踏み込み足に体重を移動したときの反力がわかります。また、リンクセグメントモデルを使えば、投球中の関節のトルクがわかり、本人がどの関節をどのように力を入れて投げているかがわかります。

 今回はよく野球の中で出てくる並進運動と回転運動についてお話したいと思います。まずはじめに知っておいて欲しいのは「ニュートンの運動の法則」です。

A:「いかなる物体も外力が作用しない限り、
   止まったままか等速直線運動(同じ速度でまっすぐ進むこと)を続ける」

 またこれを「慣性の法則」とも言います。慣性とは、物体は静止していれば静止している状態を維持し、動いていれば動いている状態を維持しようとするもので、質量が重いものほど動かしにくく止めにくいです。

B:「物体に力が作用したとき、物体はその質量に反比例して作用した力に比例する力の加速度を持つ」

 これは式で表わすと、力=質力×加速度(F=ma)となり、並進運動の方程式といいます。ここでまず物理でいう「力」とは何なのでしょうか?

 「力」とは「物体の速度を変えるもの」なのです。また「加速度」とは「1秒あたりの運動の変化」であり、速さとは「距離÷時間」ですが、加速度は「速度の変化÷経過時間」で求められます。例えば0秒から1秒の間に速度が秒速0mから2mに増えれば、2÷1で2m/s²という加速度が出てきます。要は物体の速度が増えるということは、力を与えられ、力の速度が増したということなのです。

 これはまた別の話になりますが、「落体の法則」も野球では大切です。重力は物体の速度を増加させ、これは「経過時間の二乗に比例」します。例えば1秒後に到達する位置を1としたら、2秒後は4、3秒後は9です。このように重力も物体を加速させるのです。ちなみに重力加速度は9.8m/s²です。私は選手のフォームを作るときこの重力の加速の利用と、筋力での発揮で体の速さを増し、フォームでのエネルギーを大きくすることを心がけています。なので、ドロップ時は力んではダメなのです。

C:「物体Aが別の物体Bに力(作用)を及ぼすとき、物体Bも物体Aに大きさが等しく向きが正反対の力を及ぼす」(作用、反作用の法則)

 ボールに壁にぶつけると、壁からボールに伝わる力とボールが壁に伝えた力は同じということになり、これがあるので軸足を強く地面に落とし込めば捻転動作が強くなるので、並進運動の源ともいえます。なのでスクワットやサイトランジや、ジャンプ時のトレーニングは欠かせません。

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「仕事」と「エネルギー」

次に知っておいて欲しいことは、A:「仕事」とB:「力学的エネルギー」です。

A:仕事

 力学的に「仕事」とは、「物体に力を加えて移動させたこと」をいいます。その力を仕事量といい、式は力×距離で表されます。これはJ(ジュール)=力(N)×1(m)を単位に表され、1Jは1Nの力で1m移動させたことになります。例えば、100kgのバーを50cm上げれば(N=ニュートンで力を表し、質量(kg)×加速度(m/s²)で表されます。力は物体に速度変化を与えるもので、速度変化は加速度であるからこの式が導かれる。ちなみにkgは質量で、10kgのダンベルは重力により9.8m/s²加えられている。この力Nは10×9.8で98Nということになる)

B:力学的エネルギー

 力学的エネルギーとは、「力を生み出し、物体の運動を引き起こすことのできる潜在能力」です。力学的エネルギーの大きさは、成しえた仕事量で表します。このため、仕事の単位とエネルギーの単位は同じJもしくはN・mです。物体に対し、仕事をした場合、仕事をした物体の力学的エネルギーは減少して、逆にされた側の物体のエネルギーは増加します。

「位置エネルギー」と「運動エネルギー」

「位置エネルギー」と「運動エネルギー」について今一度解説しましょう。

 例えばビリヤードで、速度を持った球Aや球Bにぶつかった時に、Bは弾き飛びます。これは、球Aが球Bを弾き飛ばす力を持っていたということになります。この潜在能力を「運動エネルギー」と良いびます。この公式は1/2×質量×速さの二乗となり、運動エネルギーは速さの影響を大きく受けています。この前、日刊ゲンダイで日本人の投手は170キロを投げられるのかというインタビューを受けました。その中で、プロのトップレベルのピッチャーは、脚を上げてから接地まで1秒以内であるという話をしました。高校レベルではフォームがつっこむため難しいですが、これはまさに並進運動エネルギーを高めるために重心移動の速度を速くするとフォームのエネルギーが高まり、ボールの初速が速くなるという形につながります。

 もう一つは位置エネルギーです。例えば、ジェットコースターが高い位置から低い位置にいったとき、コースターは下にいくほど、先ほどの重力の加速の法則で運動エネルギーを得ます。公式は重力×高さとなります。または、質量×重力加速度×高さです。先の日刊ゲンダイのもう一つのインタビューでヤクルトの由規選手が176キロを投げる方法は何かと聞かれたとき、私はこの2つのエネルギーを使って説明しました。

 由規選手は身長180cm+マウンド高38.1cmを足して218.1cmの所に高さを持っています。そこからリリースポイントで重心下がるので、約1.5mとなり位置エネルギーは球の重さ0.15kg×重力加速度9.8m/s²×1.5m=2.205J。運動エネルギーは0.15×(44.7)²÷2=150J(※161km/hを秒速に換算して44.7)。先の位置エネルギーと足すと152.2Jになります。170km/hは169.2Jになるのであと17.0J足りません。ということは、あと17.0Jだけのエネルギーをフォームで作ろうということになります。

「エネルギーの保存の法則」

 次に知っておいて欲しいのは「エネルギーの保存の法則」です。例えば、スキーヤーAが10mの頂上にいて60kgの体重があれば、60kg×9.8m/s²×10mで5880Jの位置エネルギーを持ちます。これが滑り降りたとき、運動エネルギーに1/2×60kg×(時間)²=14m/sとなり速度を持つことになります。このように位置エネルギーはスキーを滑るにつれて小さくなりますが、運動エネルギーに変化されて、エネルギーは保存されます。

【目次】

「スポーツバイオメカニクスって何?」→P1
「エネルギーがよく分からない」→P2
「内旋・外旋トルクについて知りたい」→P3
「鞭のようにしなるフォームとは」→P4
「スポーツバイオメカニクスとピッチングの関係って?」→P5

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「並進運動」と「回転運動」

 続いて、「並進運動」と「回転運動」について解説します。並進運動とは物体が向きを変えることなく位置だけを変える運動のことです。一方で回転運動は位置変わらず向きが変わる運動のことです。並進運動における状態変化の源は「力」であり、回転運動はこの力を「トルク」と呼びます。別の言い方で「力のモーメント」または「モーメント」とも呼びます。
 並進運動における慣性(動かしにくさ)を質量と呼びますが、回転運動では慣性モーメントと呼びます。並進運動における運動量は質量と速度の積です。これに対して回転運動の角運動量は慣性モーメント×角速度で表すことができます。式は、

並進運動:1/2×質量×(速度)²
回転運動:1/2×慣性モーメント×(角速度)²

となります。また、人の関節も回転運動であるので、回転運動をなすのでは筋と重力です、よく野球で「力を抜け」と言いますが、関節は重力方向に曲がってしまいます。正しいアドバイスは「関節を正しく使え」です。
 また野球においては最大外旋位時に外旋のトルクは出ず、既に内旋トルクがでています。外旋は肩の外転と水平内転の合力ででるものであり、意識して作るものではありません。なので接地時で肩がトップに上がっていなければ、次の後期コッキング期で体が回り、肩の水平内転が出て、その合力で肘の高さも決まるので、いくら肘を上げろと言ってもこの様にバイオメカニズムを知ると科学的に正しいフォームの使い方が分かってきます。

 さて、「慣性モーメント」について説明したいと思います。これは「より大きい質量が、回転軸(重心)より遠いところにある方が、回りにくくなる」というもので、ピッチャーでいえば体を回すときは、肘が90度の位置にあるのが最も慣性モーメントが小さく、オーバースローほど慣性モーメントが小さく、素早い回転が可能になります。テークバックが小さいほうがいいというのはこのような理由からきます。

「角速度」

 次に知って欲しいのは、「角速度」です。運動量とは簡単にいえば、勢いです。並進運動なら質量×速度であり、回転運動においては慣性モーメント×角速度です。これで回転の勢いがわかります。

 また、「角運動保存の法則」といって、「物体にトルクが作用しない限り、その物体の角運動量は変化しない」というものがあり、これはピッチャーが肘をたたんで体を回してきて、慣性モーメントを例えば1/3にすれば、角速度は3倍になり角運動量自体は変わらないということです。また、リリース時に肘が伸びれば、慣性モーメントは大きくなり、角速度は遅くなるということですが、運動量自体は変わっていないので心配しなくて良いです。
 「回転運動エネルギー」は公式はJ=1/2×慣性モーメント(I)×(角速度(α))²なので、例えば腕を広げる前をI’、α’、広げた後をI2、α2とすると、回転運動エネルギーは1/2I'(α’)²、1/2I22)²になります。角運動量をLとすると、1/2Lα’=1/2L(α2)となり、α2が遅くなるので回転運動エネルギーは減ります。回転力の求め方は力のモーメントN・m=慣性モーメント×角速度であり、要するに回転を出す力が大きいほど角速度が速くなります。中心から2倍離れた所に力を加えれば、速度も2倍になります。あと野球でよく使われるのは「遠心力」だと思います。

 遠心力は質量と速度の二乗の席に比例して回転半径に反比例します。回転の接線方向に対して垂直外向きに働いています。要するに遠心力は、回転する物体の質量が大きく、速度が速く、回転半径が小さいほど大きくなります。また、遠心力に耐える力を求心力や向心力と呼びます。遠心力の公式はN(力)=質量(kg)×(接線速度)²/回転半径(m)で表すことができます。
 例えば、速度7.206kgのハンマーを速度29m/sで投げたとき、ワイヤーは1.2mで腕の長さ0.6mとすると、回転半径は1.8mで式に代入すると、3392N(kgm)となります。

【目次】

「スポーツバイオメカニクスって何?」→P1
「エネルギーがよく分からない」→P2
「内旋・外旋トルクについて知りたい」→P3
「鞭のようにしなるフォームとは」→P4
「スポーツバイオメカニクスとピッチングの関係って?」→P5

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「エネルギーの保存の法則」

 野球で言えば、オーバースローが最も遠心力を使えるフォームで、またよく投げる時体を大きくリリースと逆に傾けるピッチャーがいますが、これは向心力を高めるためであり、遠心力を使ったフォームといえます。楽天の田中選手などがそのようなフォームです。また、腕は前に振るので向心力として大きい背筋力が必要でもあります。ボールは慣性の法則に従い、ボールに進行方向に投げられますが、この遠心力のでる位置でボールが内角にいったり外角にいったり、ショート回転がかかったりします。

 そして野球では、このエネルギーを鞭のように動きを連鎖させることにより、ボールを投げたりバットを振ったりします。よく、体の細いのに球が速かったり、バットスウィングが速い選手はこの鞭の動作が上手なのです。これは「運動エネルギー」の転移で表せます。

 例えば、鞭でお話すれば、鞭のグリップに力を加えて加速して「仕事」をする。その仕事量(力×距離)の分だけ運動エネルギーは蓄えられます。また、そのエネルギーの潜在分だけ鞭を末端がしなやかに動いていく。このメカニズムを使うには、末端部は中枢に比べて質量や慣性モーメントが小さく、中枢の方が大きい力を出してることが条件です。そのためピッチングにおいてもバッティングにおいてもトップで(動きの切り替えのポイント)で伸張ー短長サイクルして使い、一気に筋を収縮させて中枢の力を高め、末端に渡しています。フォームがギクシャクして固い選手はこの鞭動作ができておらず、力を一回ずつ発揮しています。体が大きいのにパフォーマンスがでない人は、この動作が出来ていないのです。

【目次】

「スポーツバイオメカニクスって何?」→P1
「エネルギーがよく分からない」→P2
「内旋・外旋トルクについて知りたい」→P3
「鞭のようにしなるフォームとは」→P4
「スポーツバイオメカニクスとピッチングの関係って?」→P5

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「エネルギーの保存の法則」

 以上をピッチングに関してまとめます。

 まず、伸長が高いほど、位置エネルギーが高く、肘を高くあげてからはジェットコースターのように滑らかに重力の加速を利用して体の重心を水平方向に移動させれば、重力と水平方向の合力の方向に体は進み、基底面が片足立ちで少ないため、バランスが崩れたら一気に加速します。ここで軸足の踏み切り速度を速くして(跳躍の距離は踏み切り速度の二乗に比例するので)一気に行くとドロップ時にパワーポジションを作り、この時、力積をきちんと蓄えて地面の反力を抜重して大きくすることも大切です。

 ここで重力と筋力や地面の反力を上手に使えるフォームにすることが大切で、よくピッチャーがステップの幅を広めるといいますが、これは並進運動が大きくなったということであり、リリースポイントが前にいったというわけではありません。
 接地してからは踏み込み足を使い、捻転動作を出して、下が先に動き、トップに腕をトップの位置に上げておいて、回転の準備を始めるのと、伸張ー短縮サイクルを使い、鞭の動作を上手に出して、下肢の回転エネルギー、体幹ー上胴が回り、腕が肩の内旋で出てきます。この時、水平内転で出すことが、腕を遠回りさせることであり、シュートがナチュラルにかかり、遠心力の力も小さくなり、肩が前にふれないので肘で押しこみ、肘の障害にも繋がってくる。

 このようにスポーツバイオメカニクスの基本を知るだけで自分のフォームを科学的に正しく理解することができます。また、トレーニングメニューを組むにおいても、このメカニズムを理解していなければ、力の方向や出し方を正しく理解して作るのは不可能ですし、スポーツ障害においても治ってもまた同じ動作を繰り返せば再発してしまいます。

 今回はスポーツバイオメカニクスの観点の基本を説明して、そこから野球のフォームにつなげていきました。選手の皆さんや指導者の方も少し違う観点で野球を見ていただくと、自分の能力が伸びる可能性があると思うので、是非トライしてみてください。

【目次】

「スポーツバイオメカニクスって何?」→P1
「エネルギーがよく分からない」→P2
「内旋・外旋トルクについて知りたい」→P3
「鞭のようにしなるフォームとは」→P4
「スポーツバイオメカニクスとピッチングの関係って?」→P5

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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