横浜高を率いた平田徹監督が就任し再建中の彩星工科。横浜仕込みの指導で目指す野球像とは
今春のセンバツで準優勝した報徳学園をはじめ、強豪校が数多く存在する兵庫県。近年は有名指導者も続々と集まってきており、昨年には履正社(大阪)を2019年夏の甲子園優勝に導いた岡田 龍生監督が母校の東洋大姫路に、神村学園(鹿児島)や創志学園(岡山)を強豪校に育て上げた長澤 宏行氏が篠山産の監督にそれぞれ就任した。
その中で、これから注目を集めていきそうなのが、神戸市にある彩星工科だ。兵庫県の高校野球に詳しい人でも校名を聞いただけではピンとこないかもしれない。昨年度までの校名だった神戸村野工の方が知名度は高いだろう。春2回、夏1回の甲子園出場経験があり、OBには広島の野間 峻祥外野手など多くのプロ野球選手を輩出している。
創立100周年を経て、今年度から現校名に変更となった。野球部の強化にも力を入れ、昨夏の大会終了後には、かつて横浜を率いていた平田 徹監督が就任。1992年春以来遠ざかっている甲子園出場を目指している。
横浜仕込みのメニューで選手を鍛え上げる
走塁練習とそれを見守る平田監督
野球部の練習場は、学校からバスで10分ほどのところにある神戸アスリートベース。黒土のグラウンドで、両翼100メートル、センター122メートルと十分な広さがある。今年の1年生からはスポーツコースが設置され、週3回は午後から練習を行うことができる。取材日でも1年生が一足早く練習を開始していた。
練習を見ていると、アップから高度なメニューが行われていた。投手は100メートルを往復して走った後に柔軟体操を繰り返す。「ピッチャーの基本は走ることと股関節の柔軟性を高めること。そういうことはコツコツ地道に取り組んでいかないといけないことなので、毎日やっています」と平田監督は意図を明かしてくれた。練習メニューや指導方法については前任校の横浜で培ってきたものが土台になっているという。
「僕はそれまで横浜高校一筋だったので、それがベースであることは間違いないです。その中で自分なりのものも出しながら、選手を大きく伸ばしたいと考えながら指導しています。僕は小倉清一郎さん(横浜高校元部長)が師匠なので、その影響は強く受けていると思っています」
横浜仕込みの練習はまだまだ続く。アップの一環としてホームへのスライディング練習を行うのだが、その精度がかなり高いものだった。ホームコーチャーの指示に従って、捕手のタッチをかいくぐるようにスライディングする。それもただスライディングするだけでなく、ベースに足がギリギリ触れるかどうかというところまで足を開いてスライディングをするように指示していた。実戦で思い切ったプレーをするためには、練習で大げさにやるくらいが丁度良いというのが平田監督の考えだ。
その後、キャッチボールを行い、カットプレーの練習に入る。そこではシチュエーションや打球の飛んだ位置によって、どの塁のカットに入るべきかをパターン化させ、選手に浸透させようとしていた。
さらにカットが2枚入る場合は、外野手が1枚目と2枚目の間に送球するように指導していた。カットマンは外野手からボールを貰う直前に背走しながら引くため、1枚目の胸元に投げようとすると、1枚目の選手までボールが届かない恐れがあるからだ。
[page_break:なぜ1年生に対して高度な野球を教え込むのか?/是々非々で選手のプレーを評価]なぜ1年生に対して高度な野球を教え込むのか?
藤木謙信と梅谷知冶
ベースランニングやカットプレーに力を入れているチームは少なくないが、ここまで徹底してやっているところはなかなかないだろう。高校1年生にこれだけ高度な野球を教えている理由について平田監督はこう語ってくれた。
「チームプレーとかバントとか走塁とか細かい部分はなるべく早い段階で浸透させて、最終的にはピッチャーのピッチング、バッターのバッティングのレベルやコンディションが大事になってくるので、そういうものにより専念できるようにするためにはこれもやらなきゃ、あれもやらなきゃと課題がいっぱい残っているとピッチングとバッティングに集中できないので、それは今からコツコツと野球は浸透させていきたいなと思っていますね」
下級生の間に野球のセオリーをたたきき込むことによって、上級生になってから技術の向上に専念することができる。そういった考えで平田監督は指導を行っているのだ。
カットプレー練習が終わると、通常の授業を終えた2、3年生も合流して実戦練習に入る。そこでは無死一塁や2死二塁など、様々な場面を想定して行っていた。「無死一塁の1+1=2は1死二塁を作ること」など打者に求められることの最低限は何かを丁寧に説明していた。平田監督は言葉を尽くして説明することを指導で心がけているという。
「選手は割と空返事をしがちですが、本当にちゃんと理解しないと意味がありません。どんな練習やる時も目的はこうで、こういうことが重要なポイントで、これとこれが注意事項で、みたいなことはなるべく言葉を尽くして、なかなか1回で覚え切れることはないですけど、繰り返し言葉を尽くすことを心がけています」
是々非々で選手のプレーを評価
そして、実戦練習での平田監督のリアクションも興味深いものがあった。バスターを決めてチャンスを広げた時には大きな声を出して褒め、逆に走者を進められなかったときは躊躇なく指摘して、時には全員を集めて練習の意図を確認する。平田監督は是々非々で選手のプレーを評価し、その姿勢を選手たちにも求めているという。
「良いプレーが出た時はみんなで『よっしゃ!盛り上がっていこう!』と、逆にちょっとミスが出ちゃった時にはそれをお互いに見て見ぬふりをしたり、有耶無耶にするんじゃなくて、お互いに愛のあるダメ出しをしていこうということの姿勢が身についてきたら、別に監督がとやかく言わなくても選手だけでどんどん良くなっていけるんじゃないかなと思っているので、それをもっと浸透させていきたいなと思っています」
こうした平田監督の姿勢に選手たちも共感している。1番中堅手のレギュラーを務める藤木 謙信外野手(3年)は「前までは失敗していたら、そのまま落ちていたんですけど、監督が代わってからは失敗しても前向きに挑戦していこうと思いました」と心持ちに変化が出たようだ。
平田監督の指導は徐々に浸透しているが、春季大会は初戦敗退。平田監督は甲子園のお膝元である兵庫県のレベルの高さを既に感じているようだ。
「まだたくさん公式戦を戦ったわけではなく、1、2回戦で負けてしまうのが現状ですけど、そういう回戦で当たるチームもピッチャーは四球を出さないし、野手はエラーしないし、送りバントや繋ぎの野球を徹底してやってくる。兵庫県の裾野の部分でのレベルの高さというか、野球のメッカなんだなと凄く感じますね」
公式戦での結果に表れるのはもう少し先になりそうだが、エースの梅谷 知冶投手(3年)は「チームのプレーのレベルが上がって、自分のレベルも上がったと感じています」と成長を実感している。集大成の夏は台風の目となりそうだ。
(取材=馬場 遼)