単なる「アンチ勝利至上主義」ではない。福岡のLiga Agresivaを発足した若き指揮官が感じたこと
高校野球界に新しい風が吹き始めている。「Liga Agresiva」というリーグがあることをご存じだろうか。
通常、夏が終わった新チームは高野連が主催する秋季大会で始まり、年が明けて春季大会、夏の選手権と公式戦が続いていくが、その合間をぬうように地域で「独自」のリーグ戦を行っている。現在、14都府県に広がり、80校以上が参加しているという。その輪は年々広がりを見せ、今年、福岡でもスタートした。
独自に「カウント1-1からの打撃」を導入
練習を見守る中野雄斗監督(城南)
今年30歳となった若き指導者、福岡城南の中野雄斗監督が立ち上げの中心を担った。3年前にリーグ戦の存在を知り、福岡でも始めようと横のつながりを駆使して参加する高校に声をかけ始めると、賛同したチームが集まった。今年の7月、夏の大会が終わった新チームでスタートし、初年度は福岡城南、中村学園三陽、明善、福岡中央、嘉穂総合、「田川科学技術・筑豊・宇美商連合」、福岡講倫館、東鷹、大川樟風で「第1回FUKUOKAリーグ」を行った。今年はコロナの影響があり、予定通りの試合は消化できなかったが、城南は8試合を行い5勝3敗で「優勝」した。どのチームも最低4試合をこなした。
「うちみたいな公立高校は、トーナメント方式だと勝ち上がることがなかなかない。すこしでも多くの選手たちに、公式戦に近い形で試合を経験させてあげたい、という気持ちからリーグ戦を始めようと思いました」
強豪私立でもないかぎり、現実的には公立校の公式戦は数少ない。甲子園は遠くても一生懸命に野球に情熱を傾けるひたむきな選手らに、もっと野球の楽しさを味わってもらいたい。そんな気持ちからだった。
「Liga Agresiva」の最大の特徴は、単なる練習試合ではなく、独自のルールを導入していることにある。
第1回FUKUOKAリーグの様子(写真提供=城南高校野球部)
★投手にはMLBが推奨している「ピッチスマート」に準じる球数制限を設けた。「ピッチスマート」には「8歳以下」から「17歳~18歳」まで年齢ごとに6つに分けて、それぞれに「1日最大投球数」が示され、必要な休養期間も明記されている。例えば「17歳~18歳」なら1日最大は105球までで、81球から105球を投げたら4日の休養が必要。連投するなら1日30球までと決められている。
★バットは木製か低反発。通常の試合で使用されているのは高反発のバットで打球は速く飛ぶが、木製か低反発バットだとしっかり球を捕える力がなければ飛んでいかないし強い打球も飛ばない。
★ベンチに監督は不在。選手自らが試合運びを考えることで独自の視点が備わる。
さらに福岡のリーグでは独自に「カウント1-1からの打撃」を導入している。投手にはストライク先行の投球が要求され、打者には積極的な打撃が要求される。その狙いについて中野監督はこう説明した。
「投手は2球ボールを投げたらもう3ボールになる。ストライクを先行させてそうなる前に勝負していくようになる。打者は初球のストライクを簡単に見逃していくとすぐ追い込まれることになる。初球を積極的に打つ癖がつきます。たとえ失敗してもいいんです。初球から打つ準備ができることが重要です」
「もちろん、甲子園に行きたいという思いは根底にある」
城南・西健太主将
トーナメントにはない、リーグ戦ならでは利点がある。「福岡のリーグでは選手全員が試合に出ることが決まっています。試合の経験はもちろんですが、いろいろと失敗をします。練習でいくら考えて取り組んでも自分に何が足らないかは、試合で失敗しないと分かりません。リーグ戦での失敗で課題を見つけて自分のメニューを考えさせています」(中野監督)。
福岡城南の主将、西健太外野手(2年)も「最初は戸惑いましたが、どんどん打っていこうと話し合って初球ストライクを見逃すことがなくなったし、実際にヒットも増えました」と効果があることを口にした。中野監督も「近い地区同士で対戦するので、中学時代から知っている選手も多い。その中で抑えられた、打たれたという悔しさが生まれて、知り合いに負けたくないという気持ちも生まれてきている。リーグ戦だから、やり返せる機会はある。これまではそんな気持ちの変化もなかった」とメンタル面での成長もあったと想定外のことに喜ぶ。
「カウント1-1がしみつけば、いざ、公式戦になると投手は3つボールが投げられる、打者はもう1球チャンスがあると余裕をもって試合ができる利点もあるんです」。
第1回FUKUOKAリーグの様子(写真提供=城南高校野球部)
投手陣の強化にもつながっている。全員が出場するので、投手も全員が必然的にマウンドを経験する。福岡城南では10人いる投手を「先発」「中継ぎ」「抑え」に分けて、「先発なら球数を抑えて打たせて取る投球」「中継ぎならサイド、アンダースローなどにしてワンポイントで打者を抑えられるようにする」「抑えはとにかく速い球を投げられるようになる」と、それぞれに特化した練習をして、分業制を確立させている。リーグ戦でも3人は最低投げることになり、自分の成果を確かめることもできる。どうしても1人に頼ってしまう公立高校の弱さを発展的に解消しようと試みている。
選手個人のモチベーションもアップさせている。チームとしてのリーグ戦の順位はもちろん、個人タイトルも設定した。投手なら「ストライク率」「WHIP(投球回あたりの与四球と被安打数の合計)」「奪三振率」、打者なら「長打率」「出塁率」「OPS(長打率+出塁率)」の計6部門。ここにも独自性をもたせて、求める数字を選手に意識づけさせている。さらに全日程終了後には、選手間投票でベストナインを決める。
素質がある選手が多く、環境も整っている私立高校に勝つために、公立高校としてできることは何なのか。中野監督は「このリーグ戦は単なる仲良しリーグではなく、勝つことも大事にしていきたい。もちろん、甲子園に行きたいという思いは根底にあるし、だから上手くなるためにどうすればいいかを考えた結果です」と話す。「甲子園至上主義」や「勝利至上主義」に反論しているわけではない。従来の「負ければ終わり」のトーナメント方式を否定しているわけでもない。独自ルールでリーグ戦をすることでトーナメントで勝てる選手を育成する。そんな意図が伝わってくる。
2年目となる来年は、今のチームの夏が終わった後にスタートする。すでに来年に向けたリーグ戦のあり方も議論されているが、詳細は後日紹介することにする。
(取材=浦田由紀夫)