目次

[1]大きな溝をキッカケに結束を強くした
[2]今まで以上に本気になって甲子園を狙う


 前回に続いて、今回は新チーム結成時から近畿大会出場までの軌跡。そして今春以降の意気込みについて迫っていきます。

前編はこちらから!
昨秋大阪3位はL字に並んで練習する?初芝立命館(大阪)の強さの秘密に迫る!【前編】

大きな溝をキッカケに結束を強くした


 昨夏はベスト8で姿を消した初芝立命館。しかし「エースの森(瑠惟斗)が残っていたので、『彼を中心に守って、点数を積み重ねる。堅実的なチームになる』ことを考えていました」と当時の構想を語る楠本雄亮監督。

 エースの森は新チームスタート時「先輩方が抜けて自分たちが引っ張る立場になったことで緊張や不安がありました」という中でスタートすると、チームは意外な方向に進んでいくことに。

 「夏の疲れがあったのか、森の調子がいまいちでしたので、点数が獲られる展開になってしまったんです。けど、打線が思っていた以上に繋がってくれたので練習試合でも逆転できるので、負けなかったんです。 得点も失点も多いので、思っていた感じのチームではなかったですね」(楠本監督)

 そんなチームに「本気で近畿大会に行く、絶対行くと思ってやろう」と言葉をかけて夏を過ごす。「取り組み方は甘かったですね」と楠本監督は感じながらも主将に毛利伽央主を指名して秋季大会へ向かった。

 しかし、9月に入るとチーム内で最大の事件が起きた。それは練習を休止するという驚きの行動だった。
 「組み合わせを見て、どこにピークを持ってくるか考えながら調整をしていたのですが、選手たちが惰性で練習をやっていたんです。それを見て『負けてもええわ』と思ってしまったんです。選手たちに対しても『本気でやっていない、近畿に行けないなら負けてもええやん。楽しくやれればええやん』って言って3日間は練習をやりませんでした」



初芝立命館で指揮を執る、楠本雄亮監督

 大会期間中の非常事態。当時のことを坂元宏行は、「最初は選手間でも分かれていて、良い雰囲気ではなかったです」とチームの雰囲気があまり良くなかったことを語る。また、山上以頼も「大変な時期でした。あの時はみんなでミーティングをして、本気でぶつかり合いました」と振り返る。

 チームがバラバラになったまま大会は進んでいき、4回戦の関大北陽の前に転機が訪れた。楠本監督が学校行事で3日間学校を離れる必要があり、チームが全く見られないタイミングで選手たちへ「本当に近畿に行きたかったら、帰ってきたときに別のチームになっとけ」と楠本監督は伝えた。

 すると戻って楠本監督は「これだったら行けるかも」と思えるようなチームに生まれ変わっていた。

 毛利主将は「練習ができないというミスをして、大会までの残り少ない日にちでどうするのか。1人1人が真剣になって取り組めたのが良かったんだと思います」と改めて心を1つにして大会を勝ち抜き、大阪3位入賞。新チームスタート時に立てた「近畿大会出場」を達成したのだ。