目次

[1]2年連続の甲子園出場で財産になったもの
[2]基本を重視する姿勢は取手二の甲子園優勝で認識したから

 茨城県かすみがうら市に専用グラウンドを持ち、近くには寮や雨天練習場など充実の練習設備を持つ土浦日大

 1974年には春夏連続出場。1986年にも甲子園に出場したが、それからも県内では強豪校として君臨していたが、甲子園から遠ざかっていた。名門復活を託されたのが、下妻二で二度甲子園に出場を導いた小菅勲監督である。

 2016年4月から監督に就任した小菅監督は、2017、2018年には2年連続で甲子園に出場した実力校として茨城県内で存在感を示し、見事に復活を遂げた。

 そんな土浦日大の今を知るべく、監督や選手たちから話を聞くべく、グラウンドへ向かった。

2年連続の甲子園出場で財産になったもの


 「2年連続で甲子園に行けましたが、若干勢いの部分もありました。ですので、連続出場するだけの本当の力はないのかなと」

 2017年、そして2018年の2年連続で夏の茨城代表となった土浦日大。チームを率いる名将・小菅勲監督はその2年をそのように語った。しかし、「チーム全員が甲子園のレベルを実感できている」ことは財産として残っている。

 今年のチームを引っ張る五十嵐明斗主将は「甲子園に行った先輩たちは、細かい部分まで目的とこだわりをもって練習をしていました。そういったところは自分たちも受け継いでいます」と話す。

 するとエースの中川 竜哉も「1年生の時に甲子園に行ったときは、周りの選手よりも体が小さかったので『体で負けないように大きくしたい』という話を先輩から聞きました。なので、自分たちも意識して体を大きくしようとチームで意識しています」と語るように、選手1人1人が、全国クラスで戦うことを想定して練習に励んでいる。

PHOTO GALLERY フォトギャラリー

写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。