目次

[1]大隅半島の団結力
[2]パワーアップで6年ぶり九州大会へ

 尚志館が鹿児島高校野球界に偉大な足跡を残したのは2013年春のことである。12年秋の鹿児島大会準優勝、九州大会4強入りを果たし、翌年春のセンバツ初出場を果たした。それまで甲子園出場校は鹿児島市を中心とする薩摩半島で独占していた中、大隅半島初の甲子園という快挙だった。

 あれから6年。鹿児島の甲子園は神村学園鹿児島実樟南と薩摩半島の強豪が再び常連になろうとする気配がある中、この春に県大会4強入りでセンバツ以来となる九州大会出場を果たした尚志館が「大隅から甲子園」の夢を再び現実に叶えようと意気込んでいる。

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バッテリーの守備強化が一番の課題


 1925年春に鹿児島一中(現鶴丸)が代表校として初めて足跡を残して以降、大隅半島から甲子園出場校を輩出するまでに実に88年の歳月を要した。鹿児島実鹿児島商樟南、かつては「御三家」と呼ばれた鹿児島市内の強豪校がしのぎを削った時代があった。近年はいちき串木野市の神村学園鹿児島商に代わる新たな3強の一角に名を連ね、鹿児島をけん引する勢いがある。甲子園出場が限られた学校、地域による寡占状態が長く続いたのは鹿児島の高校野球界の特徴でもあった。

 そこに大隅半島の尚志館が風穴を開けた功績は大きい。翌14年春は大島が21世紀枠で鹿児島の離島勢として初の甲子園出場を果たし、同年夏は尚志館のライバル・鹿屋中央が大隅半島初の選手権代表の座を勝ち取った。大隅半島や離島は、人口流出、過疎高齢化、少子化など現代日本の直面する課題を顕著に抱え込んでいる。大隅半島の中学出身者のみの部員で尚志館がセンバツを勝ち取ったことは、学校や野球界に留まらず、大隅半島全体に明るい話題を提供した。

 「センバツ出場の影響は大きかったです。数年は多くの入部希望者がいました」と鮎川隆憲監督。ただその影響も長くは続かない。2年前は春4回戦、NHK旗準々決勝で同じ大島に敗れるなど、結果を残せなかったこともあって入部者が徐々に少なくなっていた。

 現3年生は14人、2年生は1桁の7人。昨今は3学年そろっても20人に満たないチームも増えている中、2学年でベンチ入りメンバーを確保できるだけでも恵まれている方なのかもしれない。ただ上を目指してレベルの高い野球を目指す強豪私学の地位を失いかねない危機ではあった。



トスを上げる鮎川隆憲監督

 なぜ部員数が少なくなったか? 少子化、野球離れで全体の野球部員自体が減っているのは全国的な影響だ。それ以上に「大隅地区のレベルが上がって、子供たちの選択肢が増えた」ことを鮎川監督は要因に挙げる。14年夏優勝、18年準優勝で県4強の一角に安定して名乗りを挙げる鹿屋中央をはじめ、16年夏4強の志布志、18年夏4強の鹿屋農、進学校としての人気もある鹿屋と地区内の様々な学校が安定して好成績を残しており、特定の学校に選手が集中しにくくなったのではないかと鮎川監督は考える。力のある選手は鹿児島実樟南など鹿児島市内の強豪校も積極的に声を掛けている。実績を残せない時期が続けば、甲子園を本気で目指す中学生から進路先として選んでもらえなくなる。

 大隅地区のレベルが上がった要因に「地区全体のまとまり」を鮎川監督は要因に挙げる。大隅地区は元々、秋の県大会が終わってから対外試合が禁止になって冬のトレーニングが始まるまでの間、「大隅リーグ」の名称で土日祝日に練習試合を組むなど、地区全体で強くなっていこうという団結力の強い地域だった。

 加えて、高校野球界に留まらず、小学校のソフトボール少年団、軟式野球、中学校の軟式野球部、少年野球、世代を超えた縦のつながりを作って野球界全体を盛り上げていこうという活動がある。鹿屋体育大の藤井雅文監督が音頭をとり、年1回「大隅地区の野球を語る会」を開催している。

 毎年1月、地区内の野球指導者が一堂に集い、鹿屋市の同大野球場などの施設を使用し、県外から大学や社会人野球で実績のある指導者を呼んで講習会をする。夜は懇親会で杯をかわしながら肩肘張らない野球談議で交流を深める。そんな取り組みが16年から始まって今年で4回目を数えた。日本の野球界は、プロとアマチュアが反目し、野球界全体を統一する組織がなく、縦のつながりが希薄であるという問題を構造的に抱えている。

 そんな中で、過疎化が進み、少子化、野球離れが顕著な地域だからこそ同じ危機感を共有する者同士が結束する機会を作ったところに、今後の野球界の希望の光を感じる。小学校、中学校の指導者と杯をかわしながら鮎川監督は「真剣な想いをもって子供たちを育てていることが分かると、こちらもそれに応えようという気持ちになった」と言う。

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