全てを「やり切る!」 「守り勝つ野球」を目指す 神村学園(鹿児島)【前編】
野球部が練習するグラウンドに足を運んで、まず目についたのは鮮やかな朱色の練習キャップだった。
それまで青色だった練習キャップを「赤」に変えたのは4月に春の鹿児島大会が終わって、新1年生が合流した頃だという。
「今のままでは甲子園は『赤信号』という意味ですよ」。
小田大介監督が真剣な表情で教えてくれた。秋、春と鹿児島大会を制し、選手層の厚さ、目指す野球に対する妥協のない姿勢で、県内では頭一つ抜けている存在だと思っていたが、監督、選手の認識は全く違っていた。
先輩たちの分まで
ノックを受ける神村学園の選手たち
4月5日にあった春決勝戦、連続優勝を決めて閉会式を終えた直後の光景を思い出した。
「なんだ! あの行進は!」
小田監督が開口一番に発したのは、優勝を称えることでも、野球の話でもなく、閉会式に臨む選手の姿勢がどこか気が抜けていたことへのカミナリだった。
「全てのことをちゃんとやり切る。野球のことだけじゃなく、日常生活のことも含めて。中途半端でいい加減なことをしていると、絶対に結果はついてこない」信念がある。神村学園が2年ぶりに夏の甲子園への切符を手にし、目指す「全国制覇」を達成できるかどうかは「やり切る」姿勢を徹底できるかどうかがカギになりそうだ。
「昨年のチームに比べると個の力はない」と小田監督。羽月隆太郎が広島、渡邉陸がソフトバンク育成、昨年の3年生は神村学園史上で初めて同学年で2人が同時にプロ入りするなど個の能力の高い選手がそろっていた。今年のチームにはドラフトで指名されるような特別に秀でた選手はいないが「選手層が厚く、まとまる力がある」のが特徴だ。
3年生の中には「先輩たちの分まで頑張りたい」(松尾将太主将)特別な想いがある。昨年のチームは17年秋の大会を制し、18年春も順当にベスト4まで勝ち進んでいたが、この時点で部内での暴力事件が発覚。準決勝以降の試合を出場辞退し、チームには夏の大会直前までの対外試合禁止処分が下された。夏の大会に出られない最悪の事態は免れたが、4月から7月に夏の大会が開幕するまでの期間、練習試合を含めた対外試合が全くできず、日々の練習と紅白戦だけで過ごす毎日だった。
「相手のことが何も分からないまま、日々を過ごすのが何より辛かった」と現チームで4番に座る田本涼(3年)は振り返る。春の大会以降、4月の九州大会、大型連休中の県外遠征、南日本招待野球、NHK旗と対外試合を重ねることで、自分たちが他のライバルチームに比べて何が勝っていて、何が足りていないか、「物差し」を持って夏に向けての準備をする。「物差し」がないまま、自分たちだけで準備を進める難しさを痛感したのがちょうど1年前のこの時期だった。
チームは第4シードだったが加治木工に逆転負け。個の力はあってもそれを出し切ることができず初戦で姿を消した。その時に味わった悔しさは間違いなく今のチームのエネルギーになっている。
「守り勝つ」野球
話し合いをする神村学園の選手たち
神村学園といえば簡単に送りバントを使わず、エンドランや強打、スキを突く走塁などで得点を重ねる攻撃野球のイメージが強い。その特徴は今年のチームにも伝統として受け継がれている一方で、小田監督は「今、うちは守り勝つ野球を目指しています」と言い切る。
なぜなら「試合の流れが変わるとき、必ず守りのミスが絡んでいる」という苦い経験が過去にあるからだ。例えば3年前、16年夏準々決勝の鹿児島川内戦。序盤で4点を先取し、幸先良い立ち上がりだった流れが中盤で変わったのは、外野のポジショニングミスやボークがきっかけだった。昨夏の加治木工戦も、中盤追い上げられた場面ではバント処理ミスが絡んでいる。「守りでミスがあると、打てなかったチームをも打てるように変えてしまう力がある」ことを過去の敗戦で痛感した。
「打撃練習で監督さんが何か厳しく言うことはほとんどないですね」と今年からスタッフに入った入船洋輔副部長は言う。フリー打撃、マシーンを使った打ち込み、振り込み、打撃のためのパワーアップ…「打つことはみんな好き。こちらが言わなくても自分たちでやるでしょう」(小田監督)。その分、守備の練習には時間を割き、ミスを許さない妥協のない姿勢で臨んでいる。
取材に訪れたこの日は、ウオーミングアップ、シートノックの後、バントシフトを中心とする実戦形式の練習を徹底してやっていた。無死一塁、一二塁、一三塁、9回裏で1点負けている…様々な状況を想定し、守備側が真剣にアウトを取るのはもちろん、攻撃側も真剣にバントを決め、先の塁を狙い、得点をとる。実戦同様、むしろ実戦以上に緊張感、緊迫感の漂う練習をしていた。
バント練習をする神村学園の選手
ランナー一、二塁の送りバント。アウト1つを確実に取るのは最低限だが、三塁で刺す、あわよくば併殺をとることができれば、相手の攻撃の芽を摘み、試合の流れを引き寄せることができる。カギを握るのは一塁手の動き。一塁手の田本は投手の呼吸に合わせてチャージを試みるが、うまくいかない。その度に小田監督から厳しい声が飛び、時にはプレーを止めて手取り、足取りの技術指導が入る。「器用な方ではないので、なかなか難しいです」と田本。だがそれら1つ1つをマスターすればチームの野球が確実にレベルアップするからひたむきに取り組む。
どのタイミングなら三塁アウトを狙えるか。ギリギリのタイミングなら送球はノーバウンドではなくワンバウンド。小フライが上がったら、捕りにいかずに併殺を狙う。あるいはダイビングキャッチしてでも捕りにいく…イニング、点差、味方投手と相手打者の力量、試合の流れ、様々な状況に応じてやるべきプレー、必要なプレーは変わってくる。
いざ実戦の舞台に立てば、凡ミスはもちろんのこと、一瞬の判断の誤りが勝敗を分けることもある。実戦では何も考えなくても瞬時に判断して動けるように、日々の練習では「100回に1回、1000回に1回起こるか、起こらないか」(小田監督)のことまで想定し練習で詰めておく。捕手で守備の司令塔も担う松尾主将は「身体よりも頭が疲れます」と苦笑した。
前編はここまで。後編では昨秋からのチームの1年間の歩みを振り返っていきます。後編もお楽しみに!
【後編を読む】五感を研ぎ澄まし「第六感」は磨きあげる!全員が1つとなって甲子園を掴む!神村学園(鹿児島)【後編】
(取材・政 純一郎)