23対20という敗戦がチームのエネルギーとなった 西尾東(愛知)【前編】
圧倒的に私学有利と言われている愛知県の高校野球構図。そんな中で、2012(平成24)年以降、夏の愛知大会はベスト4以上を3度経験している西尾東。記念大会の昨夏は、東愛知大会決勝まで進出。「甲子園出場」その夢が、本気で手の届くところにまで来ているという実感もある。県内では、公立の雄という位置付けを確実に築いてくるようになった。どこにでもある地域の普通の公立校が躍進していった背景は何か…。グラウンドを訪ねて探ってみた。
延長12回23対20の敗戦が転機に
3年生集合写真(西尾東)
あと一つ勝てば、学校始まって以来の東海地区大会進出がかかった昨年の秋季愛知県大会3位決定戦。記念大会だった夏の東愛知大会では決勝進出を果たしており、甲子園出場を語っても、誰もが本気だと感じてくれて、「それは、見果てぬ夢だ」などとは言わなくなっていた。まして、秋は21世紀枠という選択肢も視野に入れて、「甲子園へ行くぞ」という思いは高まっていた。そんな思いで挑んだ3位決定戦だった。
その試合は史上まれに見る大乱戦となり、16対16で延長にもつれ込んで、10回にはお互いに3点ずつ取り合って、さらに延長は続いて12回、中部大春日丘に4点を奪われ、その裏1点を返すにとどまり、ついに死闘は幕を閉じた。9回には4点リードを満塁本塁打で追いつかれた。そして延長10回は3点をリードされた。しかし、その裏、4番の加藤健輔君が「ここは本塁打しかない」という場面で、左中間に3ランを放り込んで同点に追いついたというドラマチックな展開でもあった
。
指の故障もあって前日の準決勝で打ち込まれ、気持ちを切り替えて臨んでいたエースの山田紘太郎君。しかし、やはり傷が癒えず、味方のリードにもかかわらずそれを徐々に返されてマウンドを降りていた。
「言い訳になるかもしれませんが、万全ではなかったというのも確かです。周囲からは、21世紀枠でのセンバツ出場も期待されると言われましたが、自分としては東海大会に出場して勝ち上がっていくことを目標としていたので、県ベスト4は、それはそれでチームの今の結果としては素直に嬉しかったけれども、悔しい思いの方が強かった」
そう秋を振り返る。
悔しい思いで見つめていた相手の満塁本塁打で追いつかれた。さらに延長で逆転される悔しい場面を見させられながらも、加藤君の同点3ランで追いついた。
「(加藤君が)ベース回っている姿を見ているうちに涙が出てきました」
と、その時の思いを語る。結局は、延長12回で23対20と敗れてしまうが、「あんな経験はなかった」と、よきにつけ、悪しきにつけ、この試合がこのチームのエネルギーとなっていることも確かである。
メンタル面の成長が著しいバッテリー
強打の加藤健輔(西尾東)
山田君と加藤君のバッテリーの存在は、県内で新チームがスタートした時からある程度は注目をされていた。夏の東愛知大会では決勝進出。2年生ながら4番を任されていて、決勝前日は、「食事ものどを通らないほど緊張していた」と言う加藤君だったが、夏の決勝を経験したことで、心身ともに大きく成長したという。夏の悔しさに関しては、「下級生なのに4番で出させてもらっていたのに、その働きが果たせなくて申し訳なかった」という思いもあった。
それだからこそ、という思いもあって、新チームがスタートしてからは、雰囲気作りに積極的に取り組んでいった。
「先頭になって声を出し、個人のためではなくてチームのために出来ることを広い視野で見つけることができるようになった」
自分でもメンタル面の成長があったという。3位決定戦での一発は、まさにそんな気持ちが打たせた一本だったのかもしれない。
捕手としては、「配球の妙の面白さ」を実感するようになってきたという。
「捕手というポジションは、勝ってこそ初めて評価されるので、接戦を勝ちきれなかった時の責任は自分にある」
それが、加藤君の扇の要としての考え方でもある。そうした自覚で、チームを引っ張っていっているのだ。
守備に定評がある小柴諒太(西尾東)
また、3位決定戦では最後、マウンドを降りざるを得なくなった山田君を遊撃手からリリーフした小柴諒太君はチームの副主将で、リードオフマンとしてチームを引っ張る存在である。夏の決勝を振り返ってこう語っている。
「夏の決勝は、自分が最後の打者になってしまいました。次が、3年生の先輩だったのに、自分で終わらせてしまって罪悪感がありました」
そして、その反省に基づいて、「一番バッターとしては、一つでも多く出塁できるように、ベストなプレーでチームを救える選手になりたい」という思いでこの冬の練習に取り組んできた。精神面では「ピンチの場面を楽しめて、全体に声をかけて雰囲気を変えられる選手になっていきたい」という思いである。
そんな小柴君は、「愛知県で一番と言われる遊撃手になりたい」という思いで練習に取り組んでいる。そのための心構えと、野球に対する取り組み姿勢をこう語っている。
「私立校とは違い、練習時間も限られている公立校なので、朝早く来て練習して、家に帰ってからも練習して、1分1秒を大事にしていきたい」
前編はここまで。後編では主将・石川寛大の意気込み、そして寺澤監督の指導法に迫る!
(文・手束 仁)