Column

野球を通じて人間を磨く 鹿児島県立枕崎高校(鹿児島)【前編】

2018.09.29

  高校野球は野球を通じた人間教育が目的といわれる。何をかいわんやの当たり前のことなのに、長くこういう仕事をしているとその前提を忘れそうになるときがある。勝利至上主義、ヒーローをもてはやす風潮、加熱する甲子園報道…「教育」が目的でありながら、教育的でないことが平然とまかり通っている現実から目を背けていないか。

 「勝つことより大事なことがあると思いますか?」
 枕崎・小薗健一監督に逆質問された。
 「あると思います」。そう答えておきながら、自分が日々書く高校野球の記事は、その目的にかなったものであるのか、襟を正したい気分になった。

 少子化、部員不足、定員割れが慢性化した学校、地域の衰退…一野球部の問題にとどまらず、今日本の地方都市が共通して抱える問題に直面している中で、小薗監督は「野球を通じて人間を磨く」という大原則をぶれずに貫き、日々高校球児と向き合う。

第2の故郷のために

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選手との会話で笑顔を見せる小薗健一監督

 小薗監督はかつて15年間高校教員を務めたのち、2004年に退職し、弁当や野球用品などのスポーツ用品を扱う「ぶるぺん」という会社を枕崎市で起業した。枕崎高校では1994年から02年まで教員、野球部監督として赴任していた。

 「カツオの町」として知られる枕崎は小薗監督にとって「第2の故郷」と呼べる町である。曽於市(そおし)末吉町の生まれだが、国鉄職員だった父親の転勤で幼年期は宮崎県内を転々とすることが多かった小薗監督にとって、「故郷」と呼べる場所は小学2年から3年まで過ごした母親の実家がある宮崎県の串間市だった。

 港町で、夏の盆踊りでは人の輪が幾重にもできるほどの活気があった。大人になって串間を訪れた際、久々にみた盆踊りは人出が少なくなり、明らかに活気を失っていた。教員として枕崎に赴任した頃、「町や学校の元気を何とかして取り戻したい」という町の人たちの声を聞いた。

 カツオを扱う若者がどんどん少なくなり、85年に人口3万人を切ってから減少傾向に歯止めがかからなくなっていた。枕崎の人たちが感じている危機感は自分がかつて串間で感じた憤りに通じるものがあると感じた小薗監督は、教員時代の8年間「野球部が頑張ることが学校や町が蘇ることにつながると自分を奮い立たせていた」。

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枕崎野球部

 OBや町の人たちの協力で、スコアボードや照明施設も整ったグラウンドが整備され、室内練習場や寮もできた。96年秋に県大会優勝、98年秋に準優勝、00年NHK旗で優勝するなど結果を残した。

 90年代から00年代にかけて、久保克之監督率いる鹿児島実、枦山智博監督率いる樟南の2強がしのぎを削って、鹿児島が全国区の強豪になっていった頃、県内では「打倒2強」を掲げて公立、私学を問わず鹿児島市外の地方校が台頭していた時期でもあった。

 今村哲朗監督のれいめい、中迫俊明監督の鹿児島川内、飯牟禮俊昭監督の鹿児島城西と並び、小薗監督率いる枕崎も「我が町から甲子園」を目指す新興勢力の一角を担っていた。

[page_break:「出口」を作る]

「出口」を作る

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枕崎野球部

 教職を辞し、04年に起業した後も、05年から10年まで外部監督として枕崎を指揮していた時期があった。10年に勇退してからは本業に専念するつもりだったが、転機が訪れたのは3年前の15年である。

 「野球部で昔のように学校を盛り上げて欲しい」
 当時の校長に頭を下げられた。生徒数の減少に歯止めがかからず、このままでは統廃合の対象になるかもしれない。「『枕崎』の名前が野球のトーナメント表から消えるかもしれない」という危機感に突き動かされた。

 一度辞めた外部の人間が再び関わることへの抵抗など様々な葛藤は少なからずあったが「やれるのは自分しかいない」と覚悟を決めて15年秋から再び野球部を指揮することになった。

 「まっこう(枕崎高校)に行って何になるんですか?」
 生徒募集の依頼である中学校へあいさつに行った際に、校長から言われた一言に衝撃を受けた。

 「どういうことですか?」。思わず問い返した。同じ南薩地区内で進学、就職でナンバーワンとされる学校と比べると、その両方で枕崎は後れをとっていた。地区内にある私立高校が特進科の定員を増やしたこともあり、中学生の進路選択肢も広がった。

 少子化で子供の数が減る中、私立、公立問わず学校は何か特徴を打ち出していかなければ生き残れないと痛感した。今、地区内の中学生や保護者、学校にとって枕崎に行っても進学、就職につながらないと考えられている現実をまざまざと思い知らされた。

 かつて小薗監督が教員だった94-02年の頃も町の人口、生徒数減少が進んでいたが、学校には600人ぐらいの生徒がいた。野球部も1学年で20人、3学年で60人前後の人数がいて、普通にレギュラー争いがあり、打倒・鹿児島実樟南を掲げて甲子園を目指すことを本気で考えていた。

 17年4月時点での全校生徒数は196人。200人を切り、1学年60人前後という状況である。野球部も3学年合わせて20人に満たないこともあった。教員でない小薗監督が学校に対してできることは限られているが、ここで野球をしたいという生徒を集め、彼らが授業でも学校行事でもリーダーシップを発揮して、学校を盛り上げてくれるような人材を育てることを目指した。

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枕崎野球部

 地区内はもとより、これまで築いた人脈などをフル活用し、鹿児島市内や離島にも足を運んだことなどもあり、現在2年生12人、1年生19人の部員が集まった。

 無論足を運んで声を掛けるだけで生徒が集まるほど、単純なものではない。来た生徒たちが思う存分野球に、勉学に打ち込めるような環境を作ることがまずは第一だ。

 グラウンドは公立校の中ではトップクラスといえる野球場があり、室内練習場、寮が併設されている。「食」の部分では本業の弁当屋のノウハウを生かして美味しく栄養のあるものを提供することを心掛けている。

 3年前、再び監督に就いた際、野球部後援会「一心会」を復活させた。野球部OB、枕崎卒業生に限らず、野球部を応援したい有志100人ほどが名を連ねる。現役部員の物心両面のサポートをすることはもちろん、部員の進路を確保する上でも一心会は大きな役割を担っていた。

 会員には地元財界の顔役もいて、就職先の選択肢を増やすことに一役買ってくれた。「まっこうに行って何になるのか?」という中学校長の問いに答えるためにも小薗監督は「部員の『出口』=進路」をしっかり作ることにも力を注いだ。

 様々な人たちの協力で野球に打ち込み、進路先まで確保するという「環境」を整えても、肝心の部員個人の人間性が今一つであれば意味をなさない。「野球部の卒業生」ということで採用したものの、仕事もできなければ、人間的にも問題があるとされれば、逆効果でしかない。

 自身も社長として人を動かし、お客にものを買ってもらう立場になって、人としてどうあるかの大事さを痛感する日々を過ごしている。だからこそ「野球を通じて人間を磨く」ことには教員の時以上にこだわって取り組んでいる。

[page_break:「先生」とは?]

「先生」とは?

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実戦形式の練習のワンシーン

 野球の勝ち負け、試験の点数…明確に分かりやすく見えるもので人は他人を判断しがちだ。だが、野球で優勝して甲子園に出たから、試験に合格して有名大学に入ったからといって、イコールその人の人間性も優れているとは必ずしもいえない。

 試験で点数を取るための知識やノウハウは、黒板を前に生徒を並べて、授業をする中で伝えることはできるが、苦しいことを乗り越える我慢強さ、粘り強さ、他者への思いやり、仲間との協調性…数字ではなかなか計れない人間性を磨く力が野球にあると、小薗監督は信念をもって取り組んでいる。

 「先生とは先に生まれたから先生なんじゃない」。地面に「先生」という文字を書いて言葉に力を込めた。「先に生き方を示す。その勇気が持てる人が本当の先生なのではないか」と自説を語った。

 「人間性が大事」と口で言いながら、ベンチでふんぞり返って横柄な態度をとっている大人を、子供たちが信用するだろうか。自ら範を示す。口で言うのは簡単だが実践するのは至難の業だ。言い切って範を示すためには勇気がいる。口だけでなく、背中で、自らの行動で語れる勇気を持てる人間が「先生」なのではないか。

 3年前、腹を決めて監督を引き受けてから、週5日は寮監として寝泊まりし、部員たちと寝食をともにしている。遠方から来た客が帰る時は、必ず足を運んで挨拶して見送ることを心掛けている。

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足を運んで挨拶をして送迎することも「先生」として大事なこと

 野球を通じて人間を磨く重要性は十分理解できたが、結果を出すことへのプレッシャーはないのか、聞いてみたくなった。

 私学であれ、公立であれ、「教育」が目的で高校野球が行われているなら、結果が出なかったことのみで監督の責任が問われるなど、本来あってはならないはずだが、負けた後の監督交代劇がプロ球界並みに公然とあるのも高校野球の現実だ。

 「私学なんだから負ければ首」。そう言ってはばからなかったある強豪私学のベテラン監督が、勝つことに大いなる執念を燃やしていたことを思い出す。

 プレッシャーは感じていないか、問うたとき返ってきたのが冒頭の「勝つことより大事なことがあると思いますか?」という逆質問だった。

 「プレッシャーは感じない」。小薗監督は自然体で言ってのけた。なぜなら「負ける経験を散々してきた監督だから」と笑う。4000校前後ある全国の高校の中で最後まで勝ち続けられる学校は1校しかない。部員やその保護者たちと3年間、日々接し続ける中で、負けたことで崩れてしまうような信頼関係は築いていないという自負の裏返しでもあった。

 前編はここまで。後編では小薗監督が実際に選手たちに対してどんな野球を教えているのか。そしてこの夏の苦い経験を選手たちに語ってもらいました。
お楽しみに!!

(文=政 純一郎

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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