狭山ヶ丘(埼玉) イメージが支える甲子園への青写真【後編】
前編では、モチベーションとコミュニケーションがチームを支えていることが見えてきた。しかしその2つを考えるうえで外せないのが、自主性である。後編では、この自主性から始まる狭山ヶ丘のチーク作りを紐解いていく。
自主性がチームを作る
狭山ヶ丘野球部のアップの様子
自主性を重んじる理由を山田監督に聞くと、「選手たちの吸収力が凄く早い」ので、基本的には自分のことを頼ってほしくないと語った。監督であれば、選手へ指示を出し時にはアドバイスを出すのが役目でもある。もしそれで選手の吸収力が早ければ、監督として嬉しい限りのはずだ。
しかし、監督の言うことを何でも聞いてしまうことで、自分に合ったフォームがわからなくなる選手も大勢いる。またあまりアドバイスを与えると、自分で考えて練習することがなくなってしまう。そういった事態を避けるのが、山田監督の狙いなのだろう。
選手中心で話し合うことで思い切った意見をぶつけることのでき、選手にとってはいい機会である。これもコミュニケーションの一環であり、チームの雰囲気作りに繋がっている。
また、チームメイトへ指摘するには漠然と練習をしていてはできない。常に何か考えて、観察しなければならない。緊張感は常に付きまとってくるだろう。こうして、楽しさの中にも緊張感がある狭山ヶ丘というチームは築き上げられたのである。
しかし、どれだけ自主性を持って練習をしても、漠然とやっていては効果がない。練習の成果を出すには選手の意識の高さが必要である。この意識の高さがあるからこそ、狭山ヶ丘は自主性を重んじることができている。
垣間見た意識の高さ
インタビューに答えてくれた佐野ケン
トレーニングの意識を伺うと、どの選手も細かな目的まで設定されていた。昨秋はケガでベンチに入ることができなかったが、春季大会では背番号10を背負い、準々決勝のふじみ野戦で先発した佐野ケンはこう語った。
「先のことを考えると、ただトレーニングして筋肉を増やすのではなく、柔らかさも大事」だと考え、佐野は柔軟性にも気を付けながらトレーニングをした。
世界で活躍するトップアスリートは、たしかに体格が大きい。だがその中にも柔らかさも兼ね備えている。その発想を高校生から明確に持ってトレーニングに取り組む、佐野の意識の高さを垣間見た。
この意識の高さを持つのは佐野だけではない。主将の野村大貴もキッチリと明確な目的を持ってトレーニングに臨んでいた。
「2月くらいまでは土台をキッチリ作り、3月辺りから試合に向けて大きくなった身体を使いこなせるようにアジャスト」することをプランとしていた。
ここまで綿密なプランニングができる高校生に感心してしまう。だがこれだけの高い意識を持つからこそ、自主性が成立している証拠でもある。
この発想力は、いかにして養われたのか。それは、チーム全体で取り組むイメージトレーニングにあった。
イメージトレーニングが自主性を支える
狭山ヶ丘 山田将之監督
「選手とのコミュニケーションを取るために取り組んでいる野球ノート。それとは別に、選手それぞれが自由に課題を設定して、イメージトレーニングを行うようにしている。
ランナーの状況はもちろん、アウトカウントからBSOとかなり細かな部分まで設定したうえで自身のプレーをイメージさせて、それを用紙に記入して監督に提出している。
「イメージしておけば、それだけ自分の中で引き出しが増える」ことで、試合中に慌てることを防ぐことを目的としている。これがあるからこそ、選手は細かなイメージをする癖が身に付いた。
その結果、選手の中で具体性あるゴールを設定し、それに向けて必要な練習に取り組む意識を作り出した。
こうして選手個人がしっかりとしたビジョンを持ったうえで練習に取り組むことで、自主性を軸とした練習環境が生まれる。だから、監督は会社の社長のような立ち位置で選手のことをそっと支えるだけなのである。その根底には、選手とのコミュニケーションで築き上げた信頼関係があるのだろう
昨秋は、初戦で埼玉の名門・春日部共栄と対戦し1対2という僅差で敗戦した。しかしそこで感じた悔しさを忘れずに冬の練習を取り組んだ結果、村田龍星はエースとしてチームを牽引。佐野はケガを完治させ、背番号10を背負いふじみ野戦に先発。主将の野村は、目標としていた夏のシード権を獲得したチームを引っ張った。
春季大会ベスト8まで進んだ狭山ヶ丘。自主性を重視し、コミュニケーションを大事にしたことで生まれた責任と一体感、そしてポジティブな雰囲気。その仕組みを支えるイメージトレーニングが描くのは、初の甲子園出場だろう。
(文=編集部)