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富島高校【後編】「普通の学校」でも勝てることを選抜でも証明したい

2018.03.12

 1月26日。選抜への初出場を決めた富島。昨秋は県大会準優勝で乗り込んだ九州大会。九州を代表する学校との激戦の末、見事準優勝を飾りセンバツの切符を掴んだ。しかしここに至るまでは楽な道のりではなかった。現在の監督、濵田 登監督が就任してからどのように甲子園まで辿り着いたのか。この軌跡を追っていく。

「逆転の富島」

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フリーバッティングに打ち込む選手(富島)

 現在の富島の部員数は選手32人、マネジャー4人の36人。選手のうち17人が地元・日向市の中学校の出身で、その他も延岡市や西都市など宮崎県北部地区の出身者で占める。中川大輝主将(2年)ら現在の部員が小中学生の頃、富島は野球の「進学先」に考える学校ではなかった。それでも彼らが富島にやって来たのは「濵田監督の存在」(中川主将)が大きかった。宮崎商を甲子園に導いた熱血漢が就任し、現2年生が中3だった秋に「九州大会に出たのは大きなインパクトがあった」とエース黒木将胤(2年)は言う。

 それなりに選手は集まったといっても、甲子園常連校の強豪私学レベルの素材がそろったわけではない。17年秋の九州大会決勝で創成館と対戦し、応援に駆け付けた和田教頭は「相手に比べて、うちの選手があまりに小さいので勝負になるのかと心配しました」と話す。ベンチ入り20人の平均身長は170.2cm、体重は64.1kg。一番大きな選手でもレフトの中村健星(2年)の178cm、76kgと180cmに届いていない。セカンドの窪田晃誠(2年)は162cm、58kgである。一冬越えたセンバツでも「見た目」で圧倒できるチームでないことは確かだ。

 そんなメンバーだが新チームになった頃、濵田監督はある程度「戦える」手応えは感じていたという。エースの右腕・黒木将は最速138キロの直球にキレのあるスライダーがあり、計算ができる。守備の要になるセカンド・窪田、ショートの松浦佑星(1年)が信頼のおける二遊間で安定した守備ができる。1番・松浦、2番・中川主将と足と打力のある選手を上位に置き、守備でリズムを作り、機動力でかき回す野球ができそうなメンバーがそろっていた。

まずは夏休みに徹底して鍛えた。夏休み中はほぼ毎日、午前、午後と終日練習が続いた。走者を置いたシートノックや紅白戦など、「実戦を常に意識した練習」(濵田監督)を繰り返した。そのかいもあって秋の県大会の前哨戦となる県北大会では高千穂聖心ウルスラに勝ち、最大のライバル・延岡学園にも4対3で競り勝ち、秋の大会のシード権を手にする。「先制し主導権を握ればある程度やれる」力を持っていることは確かめられた。一方で先制されたり、途中で逆転されると、「弱い」という課題も練習試合などを通じて浮き彫りになった。

 その懸念が秋の県大会初戦の小林戦で露呈する。3回まで5対1とリードして主導権を握ったかに思われたが、中盤、守備が乱れ7回に一挙5点を失い、5対7と逆転された。9回表、ここで点をとらなければ今のセンバツ初出場の快挙も幻と消えていたわけだが、「練習で調子が良かったので出した」(濵田監督)背番号19の代打・黒木剛志(1年)がレフト前に同点タイムリーを放ち、続く黒田直人(1年)の右中間三塁打で勝ち越し。1年生コンビの活躍で辛うじて勝利を手にした。

続く鵬翔戦、こちらは前年の1年生大会で敗れた相手に先制され、シーソーゲームが続き、9回表まで4対6とやはり2点ビハインドだったが、土壇場9回裏で中川主将のタイムリーで同点に追いつき、延長10回、山下蒼生(2年)がレフトオーバーの長打を放ちで劇的なサヨナラ勝ちを収めている。

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富島野球を貫き、九州大会決勝へ

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練習前の補食(富島)

 

 富島としては本来のスタイルとは異なる、不本意な内容だったが、濵田監督は「うちは『逆転の富島』なんです」と意図的にメディアや周囲に語るようになった。ひっくり返せないことが課題だったが、大事な県大会2試合を結果的に逆転できたことを逆手に取り、自分たちが「逆転の富島」であるという意識を植え付けた。

 九州大会出場がかかった準々決勝・宮崎南戦はエース黒木将が3安打完封し、1対0の完封勝利。9対1と県大会5試合で唯一大差をつけた準決勝・都城東戦も、5回までは無得点、4回に先制点を許しており、6回から9回まで得意の機動力を絡めて勝利できた。決勝では県北大会で勝った延岡学園に7対8で惜敗、準優勝で3度目となる九州大会出場を果たした。九州大会でも4強入りし、決勝がかかった東筑戦は初回に3点を先制される展開だったが「負ける気がしなかった」と黒木将。追い上げ、逆転し再び同点とされる緊迫した展開に加えて、終盤雨による中断が1時間あまりあるアクシデントもあったが、8回裏に勝ち越して決勝進出を決めた。

地区大会、県大会、九州大会を通じ、力で圧倒できた試合は1試合もなかったが「チームでまとまり、最後まであきらめない」(中川主将)野球を貫いて勝ち取った初の甲子園だった。

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勝ちにこだわる!

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OBからマシーンの寄贈を受けてお礼と決意を述べる中川主将(富島)

 センバツ出場を果たしたことが「嬉しい」のは間違いないが「まだ実感がわかない」(中川主将)のが部員の大半の本音だろう。「実際に甲子園のグラウンドに立って試合をするまで本当の喜びは分からないと思います」(中川主将)。初出場の喜び以上に「今のままでは甲子園で勝てない」危機感と緊迫感が練習場には漂っていた。

 「スピード感」を大切にする濵田監督の指導方針は野球の中にも随所にみられる。「秒とメートル」と常に意識するようになったのは、富島に赴任して間もない頃、横浜元部長の小倉清一郎氏に教えを乞うてからだ。ランナー一塁、右中間に打球が飛ぶ。外野手は何秒で追いつき、中継に入るセカンド、ショートは何メートルの間隔で入れば走者を刺せるかを常に意識しながら練習をする。「横浜は3年間に一度あるかどうかというシーンまで想定して練習しているのに驚きました」と言う。今の富島はそこまで緻密な野球ができるレベルには達していないが、理想とする野球はそこにある。

 フリー打撃中はバスケットボールやサッカーのチームがよく使用するタイマーで時間を計り、移動をスピーディーにする。ベンチのネットや壁際には「何で?」と書かれた紙が貼ってある。ただ漠然と練習をこなすのは意味がない。常に何でやるのか、何のためにやるかを考えて動く。古川副部長は定時制教諭のため平日はほとんど練習に出られない。週末や長期休暇しか顔を出せないが「1週間間を空けると、また新しいメニューが加わっているのに驚きます」という。濵田監督、中川コーチらスタッフを中心に常に練習に対する創意工夫を凝らす姿勢がうかがえた。

 また女子マネジャーの仕事ぶりもテキパキとしている。仕事が忙しい中でも、明日へ繰越すことはしない。その姿勢ぶりは感心をさせられた。
「『明日やろう』は『バカヤロウ』ですから」と濵田監督。こんなところにもスピード感を大切にする姿勢が徹底されていることを実感できた。

 取材に訪れた2月15日は、医療機器メーカー・メディキットの中島弘明会長(83)から打撃マシーン2台の贈呈式があった。中島会長は1954年卒の野球部OB。「選手たちの目が輝いている。勝敗は時の運だから、勝ち負けは気にせず、持てる力を100%出し切って」と激励した。

 一昨年はグラウンドに野球部専用の照明塔も2基寄贈している。野球部の甲子園出場は選手たちもさることながら、OBや学校、地域の人たちをむしろ喜ばせ、活力を与えた。それだけに濵田監督は「センバツでも勝ちにこだわりたい」と言う。少子化、過疎化、野球離れが急速に進む昨今、地方の地元の子供たち中心で公立高校が甲子園を勝ち取っただけでは本当の「ジャパニーズドリーム」とはいえない。「普通の高校でもやれる」ことを示すために「まず1勝」に照準を定め、あらゆる準備をして甲子園に挑む!

(取材・文=政 純一郎

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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