目次

[1]大谷 翔平攻略から始まった方針転換
[2]強打を導き出す2つの約束事
[3]原点に立ち返り、内面を磨いて、夏は頂点を


 昨年、二季連続で甲子園ベスト8入りした盛岡大附。高校通算63本塁打の植田 拓(バイタルネット入社予定)、高校通算37本塁打の比嘉 賢伸(巨人育成1位指名)を軸とした打線の破壊力は伝統となっており、昨夏の甲子園でも4試合4本塁打と聖地を沸かせた。では、盛岡大附はどのようにして今回は強打のチームを創ってきたのか?今回はその系譜と実際のチーム創りについて話を聞いた。

大谷翔平攻略から始まった方針転換


プロ入りした比嘉賢伸選手

 今でこそ強打のチームとして注目を浴びる盛岡大附。だか、かつては守備を重視するチームだった。それが一転、強打のチームに転換したのはなぜか?"
 きっかけは昨年、、ポスティングシステムでMLB挑戦を決意し、ロサンゼルス・エンゼルスでプレーする「二刀流」。2010年4月に同県のライバル・花巻東に入学してきた大谷 翔平である。

 当時から140キロ台を悠々と投げる大谷。そのピッチングを目の当たりにして、関口 清治監督は痛感した。「大谷を倒さなければ甲子園に行けない」。早速チーム方針を切り替え1点を守り切る野球から、強打の野球に転換した盛岡大附は、強打者育成のスペシャリスト・光星学院監督を退任したばかりの金沢 成奉氏(現:明秀学園日立監督)を招へい。以下の教えを聴いた。

・振り幅が大きいラインバッティング
・タイミングを早めに取ること

 今まで耳の上からたたくレベルスイングを心掛けていた盛岡大附にとっては画期的な打撃変更。しかしこの改革が実を結び、2012年夏の岩手大会決勝では、二橋 大地が先制本塁打を打つなどして大谷を攻略。花巻東を破り4年ぶりとなる夏の甲子園出場。以降、春は2013・2017年、夏では2012・2014・2016・2017年と計6回も出場し、2013年春には待望の甲子園初勝利。今年は春夏連続でベスト8進出を決めた。指揮官は「今までやってきことに成果を感じていましたが、やはり高校生トップレベルの投手と対してしまうと、まだ打ち崩せない。成果と課題を両方感じた1年でした」と振り返るが、春2回、夏6回の出場で1勝が遠かった2011年までと比べると飛躍的な進歩だ。

 ではいかにして盛岡大附は強力なバッティングを作り上げているのか?実は彼らに対する具体的打撃指導は2年秋から、レギュラーの選手は1年秋からと意外にも遅い。「まだ体が出来上がっていないので、いきなり技術を詰め込んでもけがをするだけ」(関口監督)と、入学後すぐに行うのはウエイトトレーニング。それもトレーニングルームではなく、打撃練習とのセットでネット裏でのベンチプレスを中心に行う。旧チームで言えば植田 拓も、比嘉 賢伸もこの形でパワーを磨いき、「モリフ(盛岡大附の略称)メソッド」注入への準備を整えた。

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