秀岳館高等学校(熊本)「目標」を「ストレッチ」し続ける 〜数値化して明確に〜【前編】
秀岳館の試合を直接見たのは2015年秋、鹿児島であった九州大会準決勝の日南学園(宮崎)戦だった。甲子園の解説でお馴染みだった鍛治舎巧監督の大きな身体が、どっかりとベンチの真ん中で采配している姿が目に留まった。たいていの監督はバットケースの横あたりで指揮するが、ど真ん中にいる監督は初めて見たような気がする。
「選手が試合中困ったとき、まずは監督の顔を見ます。一番顔が見えるのは真ん中でしょう」
理由は明快だ。社会人や枚方ボーイズで少年野球を指導していた時も同じだったという。
その試合は2ストライク追い込まれてからのヒットが多かった。11安打中5本が追い込まれてから打ったものであり、タイムリーや追加点の口火になる長打など、大事な局面で打っている。
「追い込まれたら、打席の後ろに立ってノーステップで打つ。これがチームの決まり事なんですよ」。当時の九鬼隆平主将(現・ソフトバンク)がその秘訣を教えてくれた。
秀岳館の各打者は2ストライクまでは自由だが、追い込まれるとボックスの後ろに立ち、スタンスを広げてノーステップで打つ。
「追い込まれたらチーム打撃に徹する。これは4番の九鬼でも同じです」と鍛治舎監督。16年の春夏、17年の春、3季連続甲子園4強という全国屈指のハイレベルな安定感を誇る秀岳館野球の強さを象徴するプレーに思えた。
そういったプレーがどんな発想、練習に基づいて生まれてくるのか。今回の野球部訪問はそれをテーマに掲げて八代市の秀岳館グラウンドに足を運んだ。
日本が世界で通用するために
鍛治舎巧監督(秀岳館)
「ノーステップ打法を考えついたのは日本代表を率いて海外と対戦した時ですね」。
鍛治舎監督が解説する。1980年代後半、まだ五輪野球の代表がアマチュアで組まれていた頃、キューバやアメリカなどの豪速球をどう打ち崩すかを考えた中で生み出した打法だった。
「体格で劣る日本人選手が世界で通用するためにはどうすればいいか」を考えて、導き出した答えが広めのスタンスを取り、あらかじめトップを作ったコンパクトなスイングで右打者はセカンドの、左打者はショートの頭を狙う打法だった。
理屈は分かりやすいが「1つの打席で2つの打ち方を使い分けるわけですから、きちんとした訓練が必要なんです」
フリー打撃の前のティーバッティングはそのための訓練の場だ。スクワットしながら30本を7セット、インハイを20本7セット、ボール球のようなアウトロー20本7セット、計490本を打ち込む。
ただ漠然と打つのではなく「インハイは内野の頭をワンバウンドで越す、アウトローはセンター方向に糸引く打球を打つ」イメージを持つことがポイントだ。スクワットティーで強靭な下半身を作り、インハイ、アウトローの難しいコースを打ち込むことでどんな球速、球種にも対応できるバットコントロール、スイングスピードを磨く。
このように秀岳館の練習には常に「何のためにやるか」の目的があり、本数、距離、タイム、速度などの「数字」を意識しながら進められている。
「数字」を意識する
秀岳館の内野ノック、プレーに要した時間もストップウォッチで計る
「4秒52」「3秒86」「5秒12」…
内野ノックで併殺プレーをしている間、控え部員がストップウォッチで絶えず数字を読み上げていた。捕球してから併殺が完了するまでに要した時間を計測している。
「4秒以内が目安です」とサードの廣部就平主将(3年)。内野ノックは、ゴロの捕球、送球、捕球の動作を正確にこなせるようになるようになると同時により速く、確実にアウトを取れるようになるために、かかった時間を意識させる。この訓練を通して「どのタイミングなら併殺を狙うのか、それとも確実にアウト1つをとるのか、その判断が自然にできるようになりました」(廣部主将)。
ロングティーを打つ目的は「飛距離を伸ばす」(鍛治舎監督)ことにある。これにも選手のやる気を引き出す「仕掛け」がある。80m以上なら1点、90m以上なら3点、100m以上なら5点、100本打ってその合計点を競う。10分間という限られた時間内でより遠く、力強い打球をより多く飛ばすためには、下半身、体幹、上半身の力強さ、スイングスピード、スピード持久力、打撃技術…あらゆる要素が求められる。
最初は1点もとれない選手も多いという。廣部主将も「最初は100点いかないぐらいだった」が2年あまりで400点以上出せるようになった。ちなみにプロ入りした九鬼や松尾大河(現・横浜DeNA)は「450点以上出したこともあった」(鍛治舎監督)という。
フィジカル面ではスポーツ用品メーカーが導入しているテストを定期的に実施している。ベンチプレス、スクワット、背筋力などの「筋力」、肩関節や股関節などの「柔軟」、30m走やスイングスピードなどの「スピード」、細かい項目に分かれており、どの部分が強いか弱いかなどが一目瞭然である。ブルペンで投球練習をする際は、スピードガンで球速を計る。左腕・田浦文丸(3年)は入学当初133キロほどだった直球の最速が今は144キロにアップした。走塁の練習でも一塁から三塁までは7.5秒、第2リードを取ってホームまでは6.5秒と目安の数字があらゆる練習で決められている。
こういった数値を定期的に出しておくことは調子を計るバロメーターにもなる。アベレージを下回ることが続けば調子を落としている証なので「点検」と「改善」が必要だ。
「今の子供たちは他人とあまり競争をしたがりません。自分のことは大好きですから、こうやって数字を示してやると自然と努力するようになるのです」(鍛治舎監督)。(後編に続く)
(取材・文=政 純一郎)
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