花咲徳栄高等学校(埼玉)「非日常な状況で勝てる投手になるには」【vol.2】
■第1回「選手を『育成』しつつ『勝利』も呼び込む二刀流理論 徳栄メソッドの正体」から読む
【花咲徳栄の野球部訪問 3回連載】第1回 / 第2回 / 第3回
第2回では広島へ進んだ高橋昂也投手の育成プログラムなど、岩井監督の指導論を明かしてくれました。
投手、捕手、内野手、外野手でプロを輩出
高橋 昂也選手(花咲徳栄)
花咲徳栄出身のピッチャーといえば、先にも紹介した昨年の「高校BIG3」の一人、高橋 昂也投手が記憶に新しいところだろう。岩井 隆監督は練習の7割を割いて高橋投手を「勝てるピッチャーにしてなおかつプロに行く」存在に育て上げたという。彼のどこに素質を見出したのだろうか。
「身体の大きさと強さ、そしてテイクバックがきれいだったこと。スピードが出やすいんです」
3年春のセンバツ後に肩胛骨を痛めた以外は故障をしなかった身体の強さ。そして教えられたこと、課されたことをやり遂げる我慢強さも成長に拍車をかけた。
「まずはいっしょに会話をしながら、投球の意味を教えていきました。フォームは理論的にどういうことなのか。マウンドに上がったらどう考えるか。それを教え込んでノートに書かせました。最初は同じことを繰り返したり、ひとつ言ったらひとつ忘れたりしていましたが、最後の夏にはほとんど何も言わず任せられるほどになりました」
高橋投手への育成プランはほぼ完璧に遂行されたという。だが、岩井監督の育成プランはプロに入れてゴールではない。「プロで10年プレーできる選手にしたい」のだ。
「だから素質のある子には具体的に確認をします。夢でなく職業としてとらえさせて、それでも行きたいと望むのであれば、プロとして必要なことを提示します。技術、体力、精神力に加え、社会人としての訓練も必要になってきますから。高橋の場合はセンバツが終わってから本人の希望を確認して、オフの時にはプロ野球の試合を観に行かせたりもしていました」
これまで6人の投手をプロ野球界に送り出している花咲徳栄だが、プロに進んだのは投手だけではない。阿久根 鋼吉(創価大―NTT関東を経て1998年日本ハムドラフト5位)、根元 俊一(東北福祉大を経て2005年ロッテ大学・社会人ドラフト3位)、阿部 俊人(東北福祉大を経て2010年楽天ドラフト3位)、そして昨年オリックスからドラフト3位で指名された岡崎 大輔は内野手。若月 健矢(2013年オリックスドラフト3位)は捕手。さらに大滝 愛斗(2015年西武ドラフト4位<関連記事>)は外野手。つまり、投手、捕手、内野手、外野手全てでプロ選手を輩出しているのだ。
この事実から、花咲徳栄が投手育成理論だけでない、何か特別な選手育成理論が隠されていることが分かる。
「僕は心理学者」の真意
ロープで登る様子(花咲徳栄)
先に紹介した投手育成メソッドは非常に論理的だ。文字だけでは理解できない部分も多いかもしれないが、きちんと把握すれば効果も期待できるだろう。では、これらのメニューに沿えば高橋 昂也投手になれるのか、というと、それは非常に難しいことになるはずだ。
これらの育成理論にはさらに深いベースがあり、それは花咲徳栄という高校と岩井監督が刻んできた歴史と経験の賜物であるからだ。
「僕は心理学者ですから」
と岩井監督は笑う。自身が社会科の教諭で倫理を担当しているから心理学を研究する機会も多い、という意味がひとつ。そしてもうひとつ、選手たちを「自立」に導くために日々言葉と態度を使い分けているという意味も込められている。
「自立」――これが、現在岩井監督の中で大きなウエイトを占めている育成ポイントなのだ。
「とはいえ高校生に自立を求めることは難しい。完璧にはできないだろう、と。特に練習メニューを自分たちで考えさせるのは無理だと思うので、そこは自分がやります。でも、野球に取り組む姿勢や考え方は変えていこう、気付くところは気付いていこうよ、というスタンスで」
監督としては「指導」というより「アドバイス」をしているイメージだという。それまで1から10を教えていたとすると、自立させる意識するようになってからは「1から5ぐらい」に抑えている感覚だ。
「自立したかどうかを判断するのは難しい。見えづらいですから。でも、状況に応じての言葉や、練習していない時の姿勢など、確認できるポイントはあります。みんなが辛かったりしんどい時、自分も同じ状況なのに周りを見ることができるか、とか」
教える側としては1から10まで教え込んだ方が楽な面もある。自立させるということは気付きを促すということ。ヒントをいくらアドバイスしても、選手たちがいつ気付いてくれるかは分からない。ひょっとすると、ずっと気付かないまま高校野球を終えることになるかもしれない。そんな不確定なリスク、不安からくるストレスを背負ってまで「自立」にこだわるのは、「夏に勝つために必要なこと」だと痛感したからだ。
「夏の埼玉県予選決勝ともなれば、2万人後半の観客が集まります。場合によってはアウェーな雰囲気になることもある。さらに[stadium]甲子園[/stadium]に行けば、5万人の観衆に囲まれます。そんな非日常な状況で勝つには、ベンチの監督の指示なんか待っていてはダメなんです。それこそ、監督が指示している間に試合の流れが変わったりしますから。勝つためには、自分でどんどん動いていかなければならないんです」
第3回へ続く!
(取材・文=伊藤 亮)
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