八王子高等学校(東京) 「甲子園が近付いた“八王子野球”のヒント」 【vol.3】
第2回では、今夏・初の甲子園出場を決めた八王子に「試合の振り返り方」をテーマに、勝てなかった時代を経て、強くなっていった背景についてお話を伺ってきました。第3回では、八王子野球がたどり着いた境地についてたっぷりとお届けします。甲子園が近づくヒントがここにある!
本当に真剣に向き合う、ということ
坂道ダッシュ(八王子高等学校)
手痛い敗戦を喫したとする。敗因に直結するプレーをしてしまった選手、もしくは打てなったチーム、守れなかったチームは、悔しい思いとともに練習で課題を克服しようと努力する。きっと誰もが真剣に取り組むだろう。だが、同じ真剣さにも度合いがある。安藤 徳明監督が言う。
「秋に負けた時、すごく気になっていたことがありまして。こういう練習をしていたら、また悔しい思いをすることになるぞ、と言えば『はい!』と威勢のいい返事が来る。でも、課題に対して本気で向き合わずにやらされている。こんなものでいいのか!?と何度も聞いて、『よくないです!』と分かっているのに向き合わない。もっと努力すればできる子たちなのにやらない。それをどうしようか、と」
選手たち自身は紛れもなく真剣だったはずだ。だが、本当に真剣になることがどういうことか、が分からない。その気付きを促すため、冬練習は壮絶を極めた。八王子に選手寮はない。選手たちは通いなので、普段は時間が来れば練習を切り上げる。しかし、冬の合宿期間は切り上げなくてもいい。だから、決めたことを最後までやりきるメニューをやった。ある日、全員がバントを成功させたら終わり、というメニューを組んだ。その日の最終メニュー。始めたのは夜の8時だった。終わったのは――翌朝の5時だった。
「そんなこと、初めてやりましたけど…。で、5時から予定通りランニングメニューを始めて。つまり、徹夜でトレーニングしたんです」
そう苦笑いする安藤監督と同様、川越 龍元主将も「今ではいい思い出ですが」と言いつつ苦笑いだ。
「本当にきつい冬合宿でした。合宿最終日は『秋の負けを思い出して走ろうぜ』とみんなに声をかけて乗り越えました」
非効率な練習であることぐらい、当事者たちは分かりすぎるほど分かっている。それでも「本当に真剣に向き合うこと」を知ってほしかった。もし途中で妥協して切り上げてしまったら…気付けることはなかったかもしれない。
例はまだある。冬の間は例年に比べ走塁に時間を割いた分、パワーアップには時間を費やせなかった。それでも安藤監督は「2月末までに全員体重を+5キロ」という指令を出した。選手たちの退路を断ち、真剣度を問うたのだ。もしこの目標を達成できなかった選手は、エースであろうと4番であろうと春の大会には出さない。もし人数がそろわなければ、自分がクビになろうと春の大会は棄権する――ある意味、これは賭けだった。
自分たちが意見を言い合うことで正解を見つける
ストップウォッチを使ってダッシュ(八王子高等学校)
ここまでくると、「真剣」というよりも「覚悟」の境地である。
「結果、2月末の時点で1人を除いて全員が目標を達成してきました。間に合わなかった1人とは話し合って、結果、考えを改めてくれた。すぐに体重を増やしてきたその子は、最後の夏にはベンチ入りするまでになりました」(安藤監督)
この、目標に達しなかった1人の選手が、春以降のチームのキーマンになった。川越元主将に説明してもらおう。
「5月の連休が終わったころからでしょうか。彼が選手たちだけのミーティングをしよう、と持ちかけてきまして。毎週月曜日、グラウンドに来てから食堂に集まって選手たちだけで30分間、ミーティングをするようになりました。1年生から3年生まで、ポジションは関係なくシャッフルして班を複数に分け、その前の週末の試合などを振り返りながらテーマを決めて話し合うようになったんです」
選手たちは必ず意見を一つずつ言う。その中でいいと思う意見を採用して、練習に落とし込む。テーマは一週間、紙に書いてベンチに貼り付け、いつでも見返せるようにした。
「監督さんに言われるだけでなく、自分たちで考えて何を伸ばしていくかを話し合って、すぐ行動に移していたのが自分たちの代の特徴だったかもしれません。例えば、春季大会は準々決勝で二松学舎大附高に打てなくて負けたのですが(1対2)、その後の練習試合も貧打が目立ちました。そこで『なぜ打てないか』をテーマにみんなで意見を出し合い、『積極性がない』『ファーストストライクを振らない』という理由が出てきて。そこで実戦的な練習の時に、ファーストストライクを振らなかったらすぐに交代ということを繰り返しました」
選手たちが決めた練習メニューは、監督にうかがいをたて、了承されれば実行される。実際、断られることはほどんどなかった。なぜか。安藤監督に答えを聞いた。
「中には効果が期待できないものもあるでしょう。でも、それで失敗することも身をもって感じてもらえればいい。それよりもやらされずに自分たちでやる、ちゃんと自分たちで問題に向き合うことが大切で。本気で取り組めば、やらされて3カ月かかることが1週間でクリアすることもありますから。このように選手から直訴してくる代もあれば、してこない代もあります。先にも言いましたが、甲子園に行った代は苦労しているぶん、真剣さが違ったのだと思います。彼らの成長に嬉しさを感じましたね」
八王子野球が辿り着いた境地
選手たちを委縮させずにやる気の出る物言いを心がけ、練習に真剣に向き合うように導く。選手たちが本当に理解すれば自発的な行動が生まれ、練習の密度も吸収度も、理解度も高まっていく。この好循環が生まれたのが、この夏の八王子だった。
川越元主将が夏の予選を振り返る。
「西東京で優勝できた最大の要因は(6試合23盗塁という)走塁だと思います。あと自分が思うのは、野球を楽しめたから。試合中もみんな結構笑っていて、初の公式戦で緊張していた秋よりも、秋初戦で負けたから堅くなっていた春よりも楽しそうにやっているな、と見ていました」
櫻井 陸朗主将(八王子高等学校)(八王子高等学校)
そこには、安藤監督が実現したい「思い切りのびのびと自分たちを信じて」野球をする姿があった。その極め付けが冒頭に紹介したシーンである。
西東京大会決勝戦の東海大菅生戦。延長11回表、1点を勝ち越しさらに1アウト一、三塁の場面。バッターは3番の椎原崚選手。彼がネクストバッターボックスから打席へ向かう間に安藤監督を振り返り、うなずいた。東海大菅生バッテリーはマウンド上で話している。
「その姿を見て、口をもごもごさせながら『スクイズでいいか?』と聞いたんです。もちろん言葉を交わしたわけではありません。目と目の会話です。そうしたらもう一度うなずいて、直後初球スクイズを決めました。その時、あ、勝ったな、と」
まさに阿吽の呼吸。ベンチと選手が、甲子園出場のかかった勝負どころで何をすべきか、その選択肢を完璧に共有し、狙い通り成功してみせた。
「椎原は秋も試合にほとんど出ず、春も出たり出なかったりするような選手で、何を考えているんだ、とよく怒られる子でした。そんな彼と最後の夏、土壇場で完璧な意思疎通ができた。おもしろかったですし、嬉しかったですね」
八王子の練習は厳しい。例えばボール回し。30秒間、1分間と区切られた時間内をノーミスで終えなければならない。かといって、力をセーブして投げてもいけない。ミスをすれば、それまで投げていた全員がグラウンドを走らされる。仲間に迷惑をかけてしまうかもしれない重圧と、それでも全力で投げなければならない重圧。相反する重圧を抱えながら、成功するまで延々と続ける。この練習の意図は何なのか。
「公式戦ではもう1球、もう1回、もう1本は通用しない。練習からいかに実戦に近いプレッシャー、緊張感を生み、それでも思い切りやるということがどういうことか、知ってほしい」
安藤監督はそう語る。その意図を本当に汲み取ることは簡単ではない。選手全員が公式戦の緊張を、修羅場のような勝負どころを経験しているわけではないからだ。だが、理解できれば――椎原選手のようになれる。甲子園に行ける。
新チームの主将になった櫻井 陸朗主将も、そのことは分かっている。
「先輩たちに甲子園に連れて行っていただいて、出させてもらった下級生もいて。そこでいろいろ経験させてもらった選手が率先して、チームを引っ張っていかないといけません。でも、現状まだまだで。上に勝ち上がって戦うことがいかに難しいか、経験者がどんどん伝えていく意味でも、いつもチームで確認しています」
甲子園出場という大きな財産を得た一方で、新チームの始動は他校より遅れた。周囲からの注目が高まる一方で、チーム作りは遅れている。このジレンマは、質の高い練習で補っていくしかない。
「自分たちはまだやるべきことができていません。まだ個々の力が低いので、今考えているのは、各ポジションごとに別れて今やるべきことを見つけて共有していこう、と」
櫻井主将いわく、新チームには各ポジションごとに副キャプテンを決め(ピッチャーのみ2人)、意見を出し合っているという。今はまだ試行錯誤の時期だろう。だが、なんとかして先輩たちが達した領域に踏み込みたい。その心意気は2年生24人、1年生26人、女子マネージャー3人の真剣な背中からじゅうぶんに感じ取ることができた。
(取材・文=伊藤 亮)
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