Column

愛知工業大学名電高等学校(愛知)

2016.04.29

「進化する」小技、それを理解する「達人」

 日本のみならずアメリカでも知らない者はいない世界の安打製造機、MLB・フロリダ・マーリンズ所属のイチロー外野手(本名:鈴木 一朗)や、工藤 公康・福岡ソフトバンクホークス監督関連記事。最近でも濱田 達郎(2012年ドラフト2位)、北海道日本ハムの若きバイ・プレーヤー谷口 雄也(2010年ドラフト5位)はじめ、球界に数々の好選手を送り出し続けている愛知工業大学名電高等学校。

 2003年には明治神宮大会優勝、2004年にはセンバツ準優勝、翌年センバツでは創部50年目にして悲願の甲子園初優勝を果たし、全国きっての強豪に成長した原動力には効果的な「小技」の活用がある。では2016年、愛知県・東海地区の高校野球をけん引する「紫紺の集団」はどのようにこの小技を進化させようとしているのか?今回は1980年からコーチ16年・監督19年の指導キャリアを持つ、名将・倉野 光生監督と3年生の「達人」から話を伺った。

「小技」の度合いは選手の状況を見て決める

倉野 光生監督(愛知工業大学名電高等学校)

「力が拮抗しているので6試合をただ単純に打ち勝つ、抑えるのは難しい。総合的な戦術が必要になります」

 投打の大黒柱・藤嶋 健人(3年・侍ジャパンU-18代表一次候補関連記事)を擁し今年センバツ出場の東邦上野 翔太郎(現:駒澤大1年・第27回WBSC U-18ワールドカップ代表)の素晴らしいピッチングが印象深い昨夏甲子園出場の中京大中京。他にも多士済々の敵が待ち受ける夏の愛知大会。昨夏は決勝で中京大中京の前に涙を呑んだ愛工大名電倉野 光生監督は、「小技」が必要不可欠になる前提条件について、まずは話してくれた。

 とはいえ、「スモールベースボールが流行だったので、ウチもその野球を実践してみたら効率よく点が取れたし、競り合いに強いチームになれた」(倉野監督)末、ついに頂点を極めた2005年センバツのような「徹底したバント戦法」は、現在の愛工大名電は採用していない。その理由には大きく3つがある。第1は、夏になるとチーム内の打力が上がるため、小技でもヒットエンドラン等の割合が増えるから。第2はバント作戦を警戒され、機動力をそこに加えたから。第3は選手の能力を見て小技の度合いを判断しているからだ。

 一例をあげれば旧チーム。1年夏から4番を張った高校通算39本塁打の大型左スラッガー・毛利 元哉(外野手・現:法政大1年)を筆頭に打力の高い選手が軒並みそろっていたため、愛工大名電はあえて小技を仕掛けない「ノーバント野球」を選択。結果は前述のとおりとなったものの、最後の夏までに魅力的なチームを創り上げた。

 その反面「決勝戦でスクイズやヒットエンドランをしたら、どうだったかと思います」と中京大中京戦の後悔を話す倉野監督。よって、「スタメン中に打てる選手が3人・脚のある選手が3人・スタンダードな選手が3人いる」現チームは四球からノーヒットでも得点できる野球にも取り組んでいる。

 では、愛工大名電では、今年の野球を具現化するために、どのような練習に取り組んでいるのか?

「ただ、今年はグラウンドが工事中なんですよ」と室内練習場で倉野監督は眉をひそめる。そうなのだ。現在、愛工大名電では春日井市内にある野球部グラウンドを新装中。5月中旬にはナイター設備を備えた公式戦もできる「球場」がお披露目となるが、それまでは実戦形式の練習が行えない。よって、今年の愛工大名電は練習試合で小技を数多く使うようにしている。

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[page_break:練習試合を活用し、極端な戦術で選手をサポート・診断]

練習試合を活用し、極端な戦術で選手をサポート・診断

室内練習場(愛知工業大学名電高等学校)

「ランナー二塁・三塁含めて、あらゆる場合もエンドランをする場合もありますし、奇襲作戦もします。選手が何をできるかを見極めるんです」

 そんな練習試合を通じ、倉野監督は小技をすることで効用や楽しさを感じられる選手も見極めていく。もちろん普段の練習からバントの基礎練習は行うが、「中学時代に1回もバントをしたこともない選手もいる」現在においては、やはり個々の得手不得手はあるもの。試合で効果が出なければ意味もないし、選手自身も面白くない。ここも時代の流れに合わせ「練習試合では全てバントをしたこともある」2005年当時とは意識的に進化している。

「打率が高い、低い選手がいるのと一緒で、生きるバント、すなわちバントヒットができる。またはセーフティーバントをできるということは誰でもできるわけじゃないんですよ」。倉野監督はバントや小技も「センス」が左右すると語る。

 そこを引き出すために倉野監督は練習試合で戦術的なサポートもする。「全球バント、全球ヒットエンドラン」や「一塁でのヒットエンドランは長打狙い」の指示もその一環。「内野フライや大きな外野フライならやり直しが利くし、長打狙いなら選手にとってこんなに楽しいことはない」。このように成功しやすいメンタルを引き出しながら、いざ公式戦でサインを出せるかを診断する。

 さらに言えば、愛工大名電のバントスタイルは基本的に「自分のタイミングを取って当てる」セーフティーバント型。多くの学校が採用しているあらかじめ構える形は教科書になく、基礎練習でも自分が最も当てやすいスピードと回転をピッチングマシンで出してもらい、「ファウルを狙う」を含め自在な方向にバントを転がすことが理想形。こういった練習・練習試合を通じ、小技を理解し、体現できる達人を育成していくのだ。

 それでは、ここからは指揮官も「バントの名手」と認める達人たちの1人に登場いただこう。旧チームからレギュラーを張る2番の中村 太紀(3年・遊撃手・163センチ66キロ・右投左打・三重県伊勢市立二見中出身)による「愛工大名電的小技」実演会のスタートである。

選手解説「愛工大名電的小技術」

「1番投手だった中学時代から紫のチームカラーにあこがれて」愛工大名電に進んだ直後から「みんなと違う自分にしかないものを出してレギュラーを取りにいく」ため、バント・小技を磨き始めた中村選手。ただ、最初は中学時代までの軟式球と硬式球の重さの違いに戸惑う日々が続く。

「硬式球の重さに負けないようにするにはどうしたらいいんだろう?」試行錯誤の中で、発見したのは「左手の使い方」であった。

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[page_break:選手解説「愛工大名電的小技術」 / 小技でチームワークを生み出し、夏に輝く]

「肩の力は抜きながら、左手はマークの下を持って当てるところまで力を入れて、その後に力を抜くことに気付いたんです」。右手にバット操作を委ね、ミートポイントは前にして左手で勢いを受け止めるイメージを持つ。さらに、バント時には左脚を引き気味に入れ「身体をベース側に入りやすくする」ことによって、中村選手は内角・外角・高低に対応できるフォームを編み出した。

昨夏の愛知大会ではバントもよく決まったし、準決勝豊川戦では7回のランナー一・二塁から自分のセーフティーバントが決まったことがきっかけになって逆転できたときに、小技を磨いてきてよかったと思った」。バントの他にも「バスターは投手が脚を上げた時に戻して間を取ります」や、「セーフティーバントは普通のバントより力を入れず、当たった衝撃を利用して転がしてコースを狙います」など、惜しげもなく小技のポイントを説明する中村 太紀の顔には、確かな自信がみなぎっている。

小技でチームワークを生み出し、夏に輝く

野球部寮前にある甲子園出場の記念碑群(愛知工業大学名電高等学校)

「全員がロングヒッターにはなれないし、ヒットを打つのも実は難しい。だけど、小技に生きるために、気持ちの中から徹底して訓練をすることで楽しさを見つけ出せばそこにチームワークが出てきますね」

 中村選手による小技各論を終え、再び倉野監督に「小技の意義」を聴いたところ返ってきたのはこんな言葉であった。現チームは高橋 優斗(3年・三塁手・右投左打・180センチ80キロ関連記事)や、山崎 基輝(3年・捕手・右投右打・177センチ80キロ)といった中軸のロングヒッターがクローズアップされる愛工大名電であるが、そこに加えるべきはやはり小技。

 昨秋も愛知県大会3回戦で中京大中京に再び膝を折られた口惜しさを露わにしつつ、「自分も冬にバントもできて、なおかつ打てる基礎はできたが、同時に打つだけではダメな場面もある。その時は自分がランナーを進めて、中軸に返してもらうようにしたい」中村をはじめとする小技師が光を放った時、愛工大名電の前には3年ぶりの甲子園出場、そしていまだ成し遂げていない夏の甲子園勝利が開けていく。

 取材中には筆者に様々な戦術・野球技術を話し、歴史あふれる寮をつぶさに紹介した後には現在自らの手でビデオからDVDに順次ダビングしている秘蔵映像の一部も見せてくれた倉野監督。保存作業に勤しむ理由を聴くと「歴史を残すことも僕の義務ですから」とニッコリ笑う。
このように歴史を尊重しつつ、新たな要素を常にインプットする名将。60年の時を越えても、さらなる歴史を積み重ね、進化を続ける愛工大名電の一端を見た思いがした。

(取材・文/寺下 友徳


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【4月特集】小技の達人

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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