県立嘉手納高等学校(沖縄)
過去の栄光を捨てて、最強のチャレンジャーとして挑む2016年
今年、野球部創部33年目を迎える嘉手納高校。2009年の秋、県大会準優勝し九州地区高校野球大会で見事初優勝を遂げて、歓喜の選抜甲子園大会初出場を果たした2010年から6年が過ぎようとしているが、現有戦力はあの頃と比べてもそん色ないほどのポテンシャルを持っている。間もなく勝負の春を迎える嘉手納ナインに迫った。
1年生たちの台頭
仲地 玖礼(県立嘉手納高等学校)
「これまでに比べると野手陣の厚みは広がってきた。その意味でこの春以降は楽しみです」と、大蔵 宗元監督は語った。
例えば、ライトで先発出場していた仲井間 光亮をマウンドに上げたいと考えても、代わりを務められる選手がいなかったのがこれまでの嘉手納高校だったが、打撃力に長ける幸地 諒承(2年)がセンターへ入り、センターには小学校時代、通っていた柔道の大会で沖縄一に輝いた経歴を持つ村濱 達成(1年)がライトへ入ることで、戦力ダウンすることなく、戦える布陣ができあがった。
さらに昨年秋の県大会でセカンドの新垣 和哉、サードの比嘉 花道の2人が入ったことで、より戦力に厚みが増した。3回戦、7回を1失点とまとめたエース仲地 玖礼の後に仲井間を登板させると、準々決勝ではその仲井間を先発で起用したところ、8回を投げて被安打4、無失点の好投。「夏まではこういう起用が出来なかった。でもそれが可能になった」(大蔵監督)
1年生の夏から嘉手納のマウンドを死守し続けてきた仲地だからこそ、無理させたくない。でも野手の控えがいない。それが新チーム以降、現年生のルーキーたちが台頭してきたことで、選手起用の幅が広がりを見せたのだ。
昨秋の興南戦を振り返る
「悔しい失点でした」
大蔵監督がそう振り返った準決勝の興南高校戦。初回に古謝 巧真、大石 哲汰、大城 堅斗の3連打で比屋根 雅也から先制点をもぎとった嘉手納高校。
投げては仲地が6回まで無失点に抑え続けていたが7回に7、8番に連打を浴びるとツーアウトながら二、三塁とピンチを背負う。ここで興南ベンチは代打に左の福元 信馬を送った。仲地は2ストライクと追い込む。サインは変化球だった。「引っ張ってくる!」そう感じたセカンドが一・二塁寄りにポジショニングしたところ、打球はセンターへと抜けていった。「決してクリーンなヒットではなかった」(大蔵監督)
追い込まれていたのでバッターはミートを心がけていたのだ。だからこそ緩い変化球でも引っ張って来なかった。その意思疎通がベンチと野手とに出来ていれば、捕れない打球では無かっただろうと大蔵監督は振り返った。だがここまで快進撃、嘉手納らしいフルスイングを貫けたとナインは振り返った。
フルスイングこそ嘉手納らしさ
大石 哲汰主将(県立嘉手納高等学校)
なぜそれができたのか。昨年夏の選手権沖縄大会がきっかけとなっている。
嘉手納高校は首里高校(中真 慶大投手)、浦添商業高校(天久 太翔投手)と大会を代表する好左腕から点を奪うと、投げては仲地が連続完封。良い形で3回戦の糸満高校に挑んだはずだった。
しかし初回、1、2番に連続安打を浴びると3番池間 誉人の打球はセカンドへ。正面ではあったが強烈な当たりでもあったため、止められずライト前へ転がる適時打となった。これがフルスイングしてくる打者の魅力だ。そのまま糸満高校に呑まれた嘉手納高校はコールド負けを喫してしまった。
そして迎えた新人戦。中部北地区を1位で通過した嘉手納高校の県大会初戦の相手は豊見城南高校。ところが嘉手納高校は2対3でここでも敗れ去ってしまったのだ。
嘉手納の方針として、常にフルスイングするという方針があるが、ここで選手たちにフルスイングをしたかどうかを問いかけると、答えはゼロ。
彼らの本来の打撃では無かった。
「僕ら全員が、相手を完全に見下ろしていました」と、大石主将はナインの代弁をする。良い時は真剣且つ緊迫した形相でフルスイングすることができていた。しかしそれができないのでは、打球の質が違う。
夏は相手打者のフルスイングの凄さを体験し、新人戦では自らがしなかったことで相手を楽にさせてしまった。「僕は打撃が好き。自信もある。だからこそ嘉手納高校を選んだ。」という大石主将は、もう一度原点に返ろう、とナインと話し合う。フルスイングこそ嘉手納らしさ。
それが秋の大会での得点率に繋がった。それだけではない。昨年の春の県大会で敗れた沖縄尚学戦と夏の糸満戦で敗れた際の12失点が、新人戦と秋の県大会ではそれぞれ3失点に収まった。単に守備力の向上がもたらしたもの、ということ以外にもある。嘉手納高校の抱えていた、気持ちのムラという爆弾が撤去されたことも意味していたのだった。
一年生大会優勝の過去と決別!自分たちは挑戦者
トレーニングの様子(県立嘉手納高等学校)
秋季大会後、 大蔵監督は、
「どういうチームにしたい?」
大石主将に答えを求めた。こちらが目指すスタイルというのはもちろんある。だが大蔵監督は、僕からの押し付け野球はさせないと決めた。
大石主将の答えは「ガンガン攻める野球です」。それじゃそういう練習をしていこうと、打って走っての攻撃的練習に時間を費やしてきた。パワーに繋がる食トレも筋トレも、冬だからやるという意識はなくずっと継続してやっている。選手が決めたスタイルだからこそ、彼ら自身の練習にもいっそう身が入る。フルスイングしないヤツはレギュラーはもちろん、ベンチ入りだって逃してしまうだろう。
「僕らが試合で戦ってきたのは、九州大会準優勝で選抜出場の糸満や選手権ベスト8の興南。ひとつ上の、しかも全国で通用してきた先輩たちが相手だった。だから同級生が相手となる新チームでは、大丈夫という自信しかなかった」(大石主将)
一昨年秋、仲地を筆頭に、大石、大城、仲井間、古謝、幸地 諒承、知花 拓哉の7人が中心となった一年生中央大会で、嘉手納は沖縄尚学を倒し、同校としては1985年以来となる29年ぶり2度目の優勝を飾った。その後も彼らは、興南・比嘉 龍寿や糸満・大城 龍生、沖縄尚学・中村 将己といったつわものの先輩たちと戦ってきた。それは自信へと変わっていったが、新チームになり過信してしまった。
「やっぱり授業態度だったり、練習態度だったり。普段からの決まりごとを守っていないのに、試合の中での、例えばボール球に手を出さないということがあったとしても、それに手を出して負けてしまう」(大石主将)
今では朝の清掃活動も野球部が率先してやろうということを決めた。現ナインは、普段の足元から見直していこうと頑張っている。グラウンド以外の場所でも輝く存在になることで、教師が、生徒たちが、そして地域の方々が、心から野球部を応援してあげたいと思うようになる。そういう力が、大会で自分たちの背中を押してくれるのだ。
「秋ベスト4ということですが、自分たちの中では敗者なんだと。この春から夏にかけて、自分たちは挑戦する立場なんだということを自覚してやっていきたい。雅也(興南高校)はもちろん、タイシンガー(沖縄石川高校)、そして八重山高校や沖縄尚学高校など、力あるライバルは多い。新人戦のような油断からの負けは絶対にしたくないです」(大石主将)
沖縄県高校野球部対抗競技会の打撃部門で沖縄尚学(記録:98m85で全体の2位)を抑えて県内のトップ(記録:100m76)に立つなど、周りの誰もが嘉手納高校の持つ一人ひとりの力は高いことを認めている。それは、彼ら自身の中にも芽生えている。だからこそ、過去の優勝や経験が自意識過剰をもたらすようなことになってはいけないと、大石主将は自らを戒めるように答えた。嘉手納らしさを失わず、且つ彼らの中の甘えが消えてメンタルが強くなれば、KADENAのユニフォームが6年ぶりに(夏は初めて)聖地へ還ることは十分可能だ。それこそが、彼ら自身への褒美であり、応援してくれた地域の、周りの方々への恩返しとなるのだ。
(取材・写真:當山 雅通)
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