Column

市立明石商業高等学校(兵庫)

2016.03.03

自慢の投手力にパワーと戦略を磨き上げ、勝利を目指す

 50勝4敗1分。
これが練習試合・公式戦の総成績だ。勝率.926という驚異の数字は選抜に出場する32校の中でもトップの数字。しかも相手は近隣の公立高校ばかりではなく福知山成美天理岡山理大附など名だたる強豪と胸を突き合わせた結果。またこの4敗も敗れた相手は明徳義塾関西上宮太子大阪桐蔭と有名どころばかり。

「そこそこ行けるんちゃうか」

 旧チームから主力の残る新チームの印象を狭間 善徳監督はそう語っていたが、昨秋の成績は兵庫で優勝を果たし近畿大会ベスト4入り。
「1戦1戦全力で、目の前の1勝にだけこだわってやってきただけ」

一死からでもバントで送り、好投手を中心にした守りで接戦を制す。負けない野球で同校初の、一般選考では今選抜唯一となる春夏通じて初の甲子園出場を手繰り寄せた。

睡眠時間よりノックを打つ時間の方が長いという壮絶な日々

狭間 善徳監督(市立明石商業高等学校)

 狭間監督は明石商に赴任する前は明徳義塾のコーチ、中学軟式野球部の監督をしていた。そこで出会ったのが明徳義塾馬淵 史郎監督。長年名門を率いる名将との出会いが狭間監督の野球観を大きく変えた。
馬淵監督は同じことをさせようとする時でも選手によって言い回しが違う。例えばアッパースイングを矯正する時にある選手には「上から叩け」と言うのに別の選手には「もっと下から振れ」と指導する。全く正反対のことを言いながら最終的には同じ形に持っていく。選手の性格や能力を見極めて適切なアドバイスを送っていた。

 馬淵監督が何を見ているのか、何を言っているのか、何を考えているのか。後ろにビッタリと張り付きつぶさに観察した。また、明徳義塾のグラウンドを訪れたOBや社会人チームの投手コーチ達からも同じようにして知識を吸収した。
明石商の特徴の一つは好投手が多いこと。狭間監督はセカンドを中心に内野を守っていた野手出身の監督だが、明徳義塾のグラウンドで学んだことが大きな財産となっている。

 それまでにも他校で指導者経験はあったが、明徳義塾で過ごした時間は、知っていることが6割で残りの4割は未知の世界だったという。合計13年間の明徳義塾時代に得た知識はかけがえのないものだが、寮監も兼務していた当時の生活は生半可な覚悟ではとても耐えられない壮絶なものだった。

 朝は点呼に備えて6時過ぎには寮事務室へ。ラジオ体操や朝食を済ませると午前中は寮の雑務に追われ、13時30分からは高校の練習が始まる。ノックを延々と打ち続けると夕方からは高校生と入れ替わりで中学生がグラウンドに姿を見せる。そして狭間監督は再びノックを打つ。中学生の練習が終わると今度は高校生の夜間練習が始まる。

 練習が終わってグラウンドを後にするのは21時か22時頃、夜の点呼や見回りを終えようやく入浴や夕食にありつける頃にはすでに日付けが変わろうとしている。数時間後には朝の点呼が迫っているが、それでも寮監の仕事はまだ終わらない。もしここで急病人を知らせる内線が鳴ろうものなら、緊急病院に連れて行くのも寮監の役目。明徳義塾は生徒だけでなくほとんどの教職員やその家族も寮で生活するため、その人数は膨大。特に大変なのは風邪やインフルエンザが流行った時で、多い時には30日中16日で病院に連れて行った月もあったという。休憩や食事をする暇さえほとんど無い、睡眠時間よりもノックを打っている時間の方が長いという壮絶な毎日を送っていた。

 明徳義塾時代の後半は中学軟式野球部の監督をしていた。全国大会で優勝すること4度。もちろん後にも先にも達成者は狭間監督ただ一人。まさに“前人未到の偉業”という表現が相応しい。

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守って送るのが明石商の野球

キャプテンの大西 進太郎(市立明石商業高等学校)

 そんな指導力を買われ2006年から明石商のコーチとなり、翌年夏から監督を務め現在に至る。2007年秋、監督としての初采配は3対1と2点リードの9回裏に3点を奪われ逆転負け。しかし、敗者復活戦から勝ち上がりベスト8に入り込んだ。以後も何度も上位まで勝ち進む。特に2010年からは5年連続で夏ベスト8入りと、強豪ひしめく兵庫県下でも一目置かれる存在となった。

 そして昨夏、甲子園にはあと1歩届かなかったものの決勝の舞台まで駒を進め、秋も決勝に進出すると報徳学園を破り初優勝。近畿大会でも2勝を挙げ注目を集めた。
キャプテンを務める大西 進太郎はチームカラーを「当たりが強くて攻撃でもそこそこ打力ある方です。それと吉高中心に守れるというところが特徴的かなと思います」と話す。

 今年は投手陣のレベルの高さがウリだ。エースの吉高 壯はSFFが武器の右の本格派。今大会でも注目選手の1人だ。さらに吉高以外にも最速145キロとチーム1の球威を誇る山崎 伊織、肘の使い方がうまく狭間監督が「1番ピッチャーらしいピッチャー」と話す回転のいい球を投げ込む三浦 功也、テンポ良くSFF、シュートでゴロアウトを量産する西川 賢登もベンチ入り。

この4人は普通の公立高校どころか強豪校でもエースを張れるだけの実力の持ち主。全員並んで投球練習を行うブルペンは壮観だ。レベルの高さにエースの吉高でさえうも「いつ抜かれるかビクビクしてます」とこぼすほどだ。

 打線の軸になるのは4番を打つ小西 翔太。逆方向に強い打球を飛ばせるのが強みで、狭間監督が「ランナーがいる時でも力まず気負わない。バットが内から出ている」と評する主軸は昨秋、先制点や勝ち越し打など価値ある打点を量産した。ただ本人には“決める”よりも“つなぐ”意識の方が強い。「ランナーが出ていたら前の塁にしっかりつなげて打てるように。二死ランナー無しからでもヒット打てたら点につながると思うのでどんな場面でもヒット打てるようにしたいです」。甲子園の舞台でもやることは変わらない。

 小西以外にも大西や3番を打つ橋本 知紀、打力も高い吉高、4番を打つ力のある松下 雄大らが中軸を固め、下位打線にも振りの鋭い打者が並ぶ。力のある打者が揃っているからこそ、狭間監督は一死からでも、たとえクリーンアップでも打順に関係なくバントのサインを送った。公式戦12試合で57犠打を決めている。
「ピッチャーを含めた守りが出来ているから、二死になってもスコアリングポジションに送った方が明石商にとって勝つ確率が高い」

 今年の公式戦・練習試合を含めた55試合中3失点以下が45試合、完封勝ちが約3分の1に当たる18試合もある。捕手の藤井 聖也は捕ってから投げるまでの動きが非常に素早く、送球も安定。投手陣もクイックや牽制を得意としており、捕逸などと重なり記録上盗塁となっているものを除けば阻止率は100%に近い。

昨秋の近畿大会
でも走ってアウト、走ってアウトを繰り返し3連打を浴びながら無失点で切り抜けるというシーンがあった。ロースコアの試合展開は望むところだ。
メンバーでは毎日朝早くから夜遅くまで難波 啓太と練習を続けた於田 将輝がベンチ入りの予定となっている。

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この冬さらにパワーアップを目指す

ウエイトトレーニングの様子(市立明石商業高等学校)

 バッテリーに強みを持ち、バントを多用する。データ上は“堅い”チームだがパワーアップにも取り組む。12月でも紅白戦をガンガン行い、ティーバッティングは重さ1.3キロのバットを使用。ただ振るだけでなく高め、低めを意識してスイングする。そして部員が最も悪戦苦闘しているのが体重増加だ。身長から100を引いて3を足した数値、これが目標体重(最終目標)となる。

 例えば身長180センチの選手なら83キロだ。6時間目の授業が終わると練習前には2合飯をたいらげ、5日毎に体重を測定する。最終目標へ向かって、5日ごとに何キロ増えていくかの目標を立てる。

この時設定値に届いていないとクリアするまで階段ダッシュのペナルティが課される。しかも次の測定までに不足分も増量しなければならないため、よりハードルが高くなる。

 この目標達成へ向けて、多くの選手たちがもがいているようだ。また戦術面ではバントにも更に磨きをかける。57犠打を決めてはいるが失敗も10近くあった。失敗の多かった選手にはバントのやり方を1から教え、アウトコースの低めでもヘッドが下がらないようにするなど技術向上。と同時にバスターやエンドランの練習にも時間を割く。
明石商はバントが得意、相手がそう思っているところに仕掛けるからこそ効果を発揮する。本来バスターやエンドランは相手の意表を突く作戦だ。逆にヒッティングを警戒してチャージが弱まれば今度はバントの成功率が増す。

「野球は確率のスポーツ」。そう話す狭間監督は相手打者の特徴に合わせてレフトとライトを入れ替えたり、1点リードの終盤に無死満塁のピンチを背負った場面でショートを三遊間に寄らせるなど相手を分析することも得意。選抜の抽選は3月11日、初日のくじを引いても研究する時間は十分にある。

 9割を超える勝率を誇る新チームが初めて黒星を喫した相手は狭間監督の指導者としての原点でもある明徳義塾。意表を突く三盗に「全く頭に無かった」という藤井が悪送球してしまい失点すると、その回一気にたたみ掛けられ、そこで試合が決まってしまった。「明徳義塾は詰めるところで詰めてくる。強かった印象が残ってます」

 マスク越しに試合巧者ぶりを見せつけられた。それから5か月半後、選抜出場校が発表されると狭間監督は馬淵監督からも明徳義塾の校長からも祝福の言葉を贈られた。同地区の出場校同士は準々決勝まで当たらないが、近畿と四国の代表校は初戦で激突する可能性もある。聖地での対戦実現なるか、夢舞台は目前に迫っている。

(取材・写真:小中 翔太


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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