目次

[1]ルールは選手たちで決めさせる
[2]聖光学院、盛岡大附と戦って感じた精神力の差
[3]学法石川がこだわる『走る力』

 春3回、夏9回の甲子園出場を誇る学法石川。昭和から平成にかけて、福島の高校野球を牽引した。しかし、1999年夏を最後に甲子園から遠ざかり、近年の福島県といえば、聖光学院が台頭している。学法石川は監督交代劇が続くなど落ち着かなかった時期もあったが、昨秋、11年ぶりの東北大会に出場し、12年ぶりの1勝を挙げた。そんな昨秋を振り返り、今季への意気込みを伺った。

ルールは選手たちで決めさせる

グラウンド(学法石川高等学校)

 学法石川のグラウンドは、学校からやや離れたところにある。商店街を抜け、山道に入ると急勾配な坂が出現。さらにヘアピンカーブが3つ続く。この先にグラウンドがあるのだろうかと疑ってしまうが、レフト後方のネットが姿を見せると、山を切り開いた両翼96メートル、中堅122メートルの立派なグラウンドが登場する。バックネット裏には、学法石川を全国区に育て上げた故・柳沢 泰典監督の座右の銘「苦の中に光あり」がドーンと掲げられており、学法石川ナインはこの7文字に見守られながら、練習に励んでいる。

 学法石川は昨夏、初戦で須賀川桐陽に5対8で敗れた。春夏通じて12回の甲子園出場を誇る名門の初戦敗退は、実に12年ぶりのことだった。「夏に負けて、好きにやろうと思いました。叩かれるのは僕。責任はこちらにある。選手たちを信じてやろう、と。あの負けがあったから、思い切って変えることができました」

 そう話すのは、13年秋に就任した上田 勇仁監督。現2年生は1年生から指導してきた初めての学年で、1年以上かけて信頼関係を築いてきた自信もあった。例えばルールを決める時、押し付けた方が簡単だが、考えさせるようにした。負けたことで制約を強めるのではなく、その逆。「以前から、この学年が上になったらいい意味で自由にしようとは思っていました。選手たちに決めさせるスタイルにしたんです」と上田監督。

 グラウンド、部室、寮、学校生活に至るまで、選手たちでルールを決めさせるようにした。その1つが、携帯電話。学法石川は校則で学校での使用が禁止されているが、それを破った部員がいた。選手たちが出した結論は、学校で毎日、集めて先生に預けるというものだった。

 夏の敗戦は7月11日。新チームは小柄な選手が多いが、その分、器用でもあった。そのため、守備、走塁に力を入れ、バントやエンドランといった小技を徹底した。秋季大会の支部予選。4番の小宮山 武が「初戦の入りが難しかった」と話すように、選手たちの心の中には夏の初戦敗退という悔しさが残っており、公式戦の恐怖はあったようだ。そんな中、初戦の白河戦は6回に勝ち越して4対2で勝利。続く清陵情報にコールド勝ちすると、光南との決勝は9回裏に2対2の同点に追いつかれたが、延長12回表に1点を勝ち越して勝利した。

 夏の初戦敗退を二塁手として経験したショートの鞆谷 翔は、「夏、負けた時は頭が真っ白になり、現実を受け止めるのが嫌でした。秋は、夏のトラウマがあったけど、やっているうちに『負けたくない』『負けられない』と思うようになりました」と話す。

 夏の苦い思い出を糧に、支部予選3連勝で県大会へ。初戦の磐城戦は延長11回、サヨナラ勝ちで突破した。そして2回戦を完封勝ちすると、準々決勝は小宮山の2点タイムリーで勝利。準決勝は8回コールド勝ちし、11年ぶりの東北大会出場を決めた。

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