Column

大阪商業大学堺高等学校(大阪)【後編】

2015.12.07

 前編では大阪桐蔭を破るために大阪府大会決勝の1か月前から投手プランを描いていた大阪商大堺が快進撃で決勝まで進出し、大阪桐蔭と激突する前半戦までを振り返りました。後編では後半戦の模様とその後の過程を振り返ります。

エース登場と7回の反撃

神田 大雅(大阪商業大学堺高等学校)

 3点ビハインドながら間違いなく自分達のペース。グラウンド整備が行われている間、大阪商大堺ベンチは行けるという雰囲気に包まれていた。6回の攻撃はチャンスにあと1本が出ず無得点に終わったが、その裏にはいよいよエースが満を持してマウンドに上がる。神田 大雅がブルペンに向かったのは4回途中。ただしこれは木戸元がピンチを作ったからではなく、あくまでも6回からの登板に向けて肩を作っていた。

「ピッチャー陣はいつもまとまって練習してるんで。(前半は)声を出して、信じて見守るだけ。全力で行けるようずっと準備してました。みんながつないでくれたんで腕がとれるぐらい全力で放っていました」

 気合十分でマウンドに上がったが、代わり端に2者連続でツーベースを打たれいきなり1点を失う。再び点差が4点差に開いたが、練習の時から終盤勝負にこだわっていた打線が7回につながる。1番からの好打順となった攻撃で一死一、二塁とチャンスを作ると4番・大森 蓮大(2年)がセンター前にタイムリー。続く5番・出来 佑基(2年)が左中間を割って二者が生還。1点差に迫り大阪桐蔭の先発・岩本 悠生(2年)を降板に追い込み、エース・高山 優希を引きずり出した。

 ワイルドピッチで出来が二塁から三塁に進むと「追い込まれていたけどここしかない。自信はあった」と静 純也監督はスクイズのサインを送る。ところが打席にいた宋 智弘はこれを見逃してしまう。ただし幸運なことに1ボール2ストライクからの4球目、追い込まれていたためにストライクに来た球をスイングすると、セカンドゴロ大阪桐蔭の内野陣は前進守備を敷いていたが、さすがにスタートを切っていたランナーを刺すことは出来ず、結果的にはランナー三塁からのエンドラン成功という形でついに試合を振り出しに戻した。

 好投手を初見で攻略するのは難しい。1、2打席目の反省を踏まえて3、4打席目にいかに修正出来るか、に重きを置いているため大阪商大堺が重要視するのが7、8、9回の攻撃。3イニングあれば少なくとも1回は必ず好打順での攻撃が出来る。1番から始まったこの7回の大事さは選手も理解しており、静監督によると「1点でも入ったら(流れが)来るでという雰囲気だった」という。

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[page_break:凌いだサヨナラのピンチ、もらった待望の勝ち越し点]

凌いだサヨナラのピンチ、もらった待望の勝ち越し点

好リードで投手陣を引っ張った宋 智弘(大阪商業大学堺高等学校)

 狙い通り終盤のワンチャンスで同点に追いつくと5対5のまま試合は延長戦へ。神田は何度もサヨナラ負けのピンチを背負ったが、ギリギリのところで踏ん張る。凌げた要因を静監督は宋のリードにあると見る。「大体大浪商の時(試合レポート)も阪南大高の時(試合レポート)もですけど、バッティングカウントからインコースを攻めたり、セオリーを外れたリードでどう神田を引き立てるか考えてやってくれた」

 投手陣はもちろん監督からも絶大なる信頼を集める宋は「東山でやってやろう。怖さも無かったですし、どう組み立てたらいいかな。打たせて取るピッチャーなのでいい所を引き出せるように」と試合に臨み、3回途中で木戸元 彰吾に交代すると「調子は悪くなかったので、球速差を考えて打ち取れるように」と左腕から左腕への交代でもそれまでの流れを汲むリードを心掛け、小猿 佳祐、神田の右腕を強気のリードで引っ張った。

 懸命の守りでピンチを凌ぎ攻撃につなげたかったが、先頭打者が出塁した回は送りバントが高山の好フィールディングで2度阻まれる。8回以降は二塁が踏めていなかった。

 静監督は攻撃前の円陣にほとんど加わらない。前半の指示は試合前に出し後半の指示は5回のグラウンド整備中に出す。そのためほとんどの試合では2回しか指示を出さない。だがこの試合では3回目の機会がやってきた。

 延長戦に入ったために行われていたグラウンド整備中、
「二塁からのエンドランもあるし、牽制で死んでもいいから走れ」
7回途中からの登板でスタミナ切れの心配もない高山から単純に打つだけでは得点することは難しい。リスク覚悟で仕掛けるのが攻略のカギだった。この指示に応えたのが5番出来。旧チームから残るメンバーで先輩達の機動力を間近で見てきた選手。この秋の大会でも公式戦でホームスチールを決めている。

 13回、出来は先頭打者として打席に入るとレフト前ヒットを放ち一死後、サインではなく自らの判断でスタートを切る。捕手の送球が高く逸れると一気に三塁へ向かう。センターからの送球も悪送球となり出来が待望の勝ち越しのホームに生還した。初優勝まであとアウト3つ。大阪商大堺が初めてリードを奪って迎えた13回裏、神田は2つの死球で同点、逆転のランナーを背負ったが「せっかく1点取ってくれたんで後は気持ち」と後続を断ち最後の打者をレフトフライに打ち取ると無意識の内に両手を突き上げた。

 前日には冗談半分で優勝の練習をしていたが、それとは比べ物にならない興奮に一塁側スタンド、ベンチは歓喜した。

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[page_break:今回の優勝は大阪商大堺の生徒の気質がもたらしたもの]

今回の優勝は大阪商大堺の生徒の気質がもたらしたもの

畑の様子(大阪商業大学堺高等学校)

 激戦を制した大阪商大堺。歴史のある伝統校だが、この学校で特徴的なのは、演習農園があることだ。学校の敷地内には畑があり、2年生は学校の敷地内にある田んぼや畑で農作業をする授業がある。この授業は1981年から続く伝統で、稲作の場合、5月に田植えを行い、9月頃に収穫を迎える。稲作は地味で時間がかかるものだ。天候をいつも気にしなければならない。天敵である雑草の除去にも頭を回さなければならない。その作業は面倒なモノだ。

 時間をかけて豊作を実現するのは、時間をかけて強いチーム作りするということと通じているものがあるといえる。大阪商大堺大阪桐蔭を破るために1か月もプランを組んで、チーム作りをしてきた。そういう選手たちは非常に真面目という評判だ。今回の優勝大阪商大堺の生徒である選手たちの気質がもたらしたものだといえるだろう。

 選手たちは大阪桐蔭を倒したからと浮かれて天狗になることは全く無く、それよりも1位通過で有利になる近畿大会の抽選でいいクジ引いて来いよと、意識は次に向けられていた。

 近畿大会では残念ながら滋賀学園に敗れ、初戦敗退。二死三塁からのサイン違いによるパスボール、外した球が中に入りツーランを浴びるなどミスが重なり流れをつかめなかった。選抜出場はかなり厳しくなっているが、大阪桐蔭を破っての優勝は来年以降も経験としてチームに残る。

 この勝利は、静監督と選手たちの共同作業で成し遂げたものだ。大阪商大堺の指導者は静監督を含め、2人だけ。手を抜こうと思えばいくらでも抜ける。だが選手達は指導者がいてもいなくても練習態度が変わらない。大阪桐蔭など府内の強豪を破るためには何が必要なのか?それを追求し続けて積み重ねてきたからこそ大事な場面で好結果を生み出してくれたのかもしれない。

 ドラフト候補と騒がれるような逸材はいない。そんなチームが激戦区で優勝を果たすには「勝つために考え尽くす」といった思考力や、プラスαによる部分が必要となる。

 大阪桐蔭戦では左→左→右→右とつないだが、球速ならば4投手の球速は100km/h→125km/h→125km/h→135km/hと突出してはいない。だがだんだん速くなる。切り札であるエース神田をより速く見せるための投手リレーは正に全員野球の象徴だった。

 短所を武器に変えた東山のように大阪商大堺は全員にベンチ入りのチャンスがあり、全員が戦力だ。しかし優勝したことで、他校のライバルが全力で挑んでくることを大阪商大堺ナインは自覚している。
「1回優勝しているので、どこと対戦する時も相手も向かって来ると思うんですけど、近畿で負けてるんで気持ちを切り替えて。こっちも挑戦者としてフラットに戦いたい」(キャプテン・名嘉 拓斗・2年)

大阪桐蔭を含め強豪もうちを破ろうと目一杯で来ると思う。今までとは絶対違うのは想像つくので、それを跳ね返すだけのチームにならないと勝てないですね」(静監督)

 追われる立場になっても、挑戦者の姿勢は崩さない。

(取材・文=小中 翔太


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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