ピッチングにおける体重移動
ピッチングにおける体重移動2010年01月18日
初めに
全国には様々な工夫を凝らし、技術習得のために、取り組んでいる学校がある。すべての指導方法が、すべての選手たちの技術力向上につながるとは限らない中で、日々、試行錯誤を繰り返しているのである。
○○高校の練習がいいらしいぞ!▽▽高校は、最近、選手が伸びてるな、どんな練習をしているんだろう?
しかし、だからといって、それを自チームに取り入れれば、すぐに上達するというのは大間違いであるし、また、その練習が適合しているか否かは、すぐに分かるものではない。なるべく多くの指導メソッドに触れあう中で、何が良いかは指導者本人が理解しなければいけない。
ここでいう、『技術ノート』で紹介する練習はあくまでも、方法論の一つにすぎない。それをどのように解釈するかは読者次第であるということを忘れないでほしい。
指導をするのは指導者。よその学校がやっていることの真似事ではいつまでも成果は現れない。いかに、指導者本人が会得するかにかかっていると思う。
ピッチングにおける体重移動 【取材高校:城東工科】
部員を指導する見戸健一監督
ピッチングで大事なことは様々ある。投手としての能力を高めていく中で必要なことは、フォームであったり、考え方であったり、体力面であったり、さまざまあると思うが、今回紹介するのは、「体重移動」である。どのように、貯め込んだ力を漏らさずに、指先に伝えていくかは体重移動いかんによって、大きく変わる。体重移動が上手くできていなければ、いくら体力が恵まれていても、いい球は行かない。その方法論を紹介したいと思う。
大阪府立・城東工科。ここでは、体重移動をよりよくするために取り組んでいる練習があるという。グラウンドを訪れたことのある、プロのスカウトたちは、必ず、その練習法に感心するという。「これはいい練習だ」と。
しかし、そのことを取材したいと見戸健一監督に聞いたところ、第一声に返ってきたのは「まず、大事なのは姿勢じゃないですか」という言葉だった。より良い体重移動をするためには、まず姿勢がよくないと、体の力を伝えることができない。力をためることから体重移動が始まる、ということだ。見戸監督は「肚を立てる」という表現を使い、その方法論を教えてくれた。
練習を見て行くと、分かりやすくいえば、力まずに体からの力を貯えようとするのが城東工のコンセプトにはある。
まず、練習ではほとんどスパイクを履かず、ランニングシューズで、つま先立ちを良しとしない。ダッシュトレーニングでは「足音を立てずに、早く走れ」という声や、ペッパーダッシュでは「踏ん張るな。ボールを取る時は、体の中心で捕る」という声がトレーニングコーチからも聞こえてくる。簡単にいえば「力まない」ということがトレーニングからも念頭にある。見戸監督は「力まない体であったら、プレーの中でバランスを崩すことも、少なくなる」と話している。
腹筋や背筋も、一般的に行われるものとは一味違う。首に手を置いてやるのが一般的(写真2)だが、これをやると、部分に力が入ってしまい、肚からの力が蓄えられないのだ。写真3は、選手たちが腹筋をしているいち風景。両手を上に挙げて、起き上がろうとしているのがわかると思う。この際、選手たちは上を見上げながら、踏ん張るのではなく、肚に力を感じながら、1点を集中し、起き上がってくる。この腹筋を見戸監督はこう説明する。
- 腹筋の説明をする見戸監督
- 腹筋をする城東工ナイン
「手を首の上に置いて腹筋をしようとすると、グっと起き上がろうとするので、息が詰まってしまう。肚からの力が伝わっていかないと思うんです。起き上がる際、選手たちには、みる位置を決めてから上がって来いといってます」。
見戸監督は一例に、プロの投手たちがセットポジションから一点を集中してから体重移動に入る動作にも同じ要素があるのではないかと、推測しているという。1点を集中してみて、覚悟が決まると肚が決まる。肚の力を使えば、そんなに力まなくても強いボールがいく。
写真3〜6はバランスボードに乗った選手たちだ。これはバランス感覚を養うトレーニングのようにも見えるが、実際は、これをやることで、地面からの力を貯める練習にもなるのだ。筆者もこれをやらせてもらったが、バランスを取ろうと力を入れる(つまり、力むと)と、これができないのだ。
見戸監督の手を借りながら、「重心を落として、足に神経を向けてみてごらん」と声をかけてもらうと、ようやく安定する。バランスを取ろうとせず、体の中心に気持ちをもっていくと、驚くほどバランスが崩れないのである。そして、今度は地面に降りて、バランスボードに乗っている感覚を思い出しながら、さまざまな動作をしていくと肚からの力を感じることができるのだ。
「打つのも、投げるのも、お肚を中心にプレーをしよう。それがウチのテーマ」と見戸監督は言う。中心のいない組織は機能しないのと一緒で、体の中心で機能しないと体は上手く使えない、という考え方なのだ。見戸監督は「肚を立てる」と説明するが、つまり、これは「姿勢」という部分につながっていくのだ。
体重移動に入る以前の準備がここまでにはある。
そして、ここで、体重移動のトレーニングである。城東工では二つある。
ひとつ目は、ノーステップでの遠投(写真7〜10)だ。これはどこの学校もしている練習だが、これを城東工ではスローカーブで練習する。もちろん、冬場なので、本気でカーブを投げるわけではないが、ノーステップで、頭を上下動させずに、肚をたてて、フィニッシュを作る。
「これが投げ終わったフィニッシュの時に、態勢が崩れるということは、体のバランスが崩れているということ」と見戸監督は説明する。肚を立てて、姿勢を保ちながら体重移動をしていく動きを体で覚えていく。
- ノーステップの遠投
- ノーステップの遠投
- ノーステップの遠投
- ノーステップの遠投
そして、もうひとつが、プロのスカウトもうなった板を置いてのピッチング練習だ。
この練習では軸足はスパイクを履き、踏む込み足をアップシューズにする。(写真11)さらに、踏みこんだ先に板を敷く。(写真11、12)
- 体重移動
- 体重移動
「(右投手なら)左足に力が入ってしまうと、そこで詰まってしまって、体重移動がスムーズにいかない。踏み込む足を『そっとおく』という意識を持つことで、いい体重移動ができる。左投手のコントロールが悪い投手というのをよく見ますが、そういう投手はたいてい、踏みこむ足がおろそかになっている」というのが見戸監督の理論である。
結局、このピッチング練習の一端には、「力まない」という要素が入っている。踏み込み足をそっとおくことによって、息が詰まらずに、スムーズな体重移動を促していく。それができた時に、肚の力で蓄えたものをつなげることができ、ボールを持つ指先に伝わるということなのである。
最初からのメニューが全てつながっている。力まないことを念頭に置いたトレーニングから始まり、そうすることで肚からの力を蓄えることにつながる、また、そのためには、姿勢がよくないといけない、肚が立っていないというわけだ。そこからより良い体重移動へとつなげていく。そして、ここでも、力まないようにすることで、体重移動をスムーズに行うのである。
「体が自由にならないといけないと思うんです。息が詰まってしまうと、体の力は生かせない。肚が決まるから、末端の手足も自由に動く。だから、力まない体づくりをうちのチームでは取り入れているのです」
【文=氏原英明】