Column

殖栗正登トレーナーが語る二刀流の是非

2015.02.05

 二刀流・大谷 翔平について、様々な見解が生まれている。このまま二刀流として大記録を残してほしい、いや投手か、野手のどちらかに絞るべきだと、激しい議論になっている。

 ここでどうしても大谷の二刀流について見解をいただきたい人物がいる。徳島インディゴソックスで徳島ストレングス&コンディショニングトレーナーをしている殖栗正登トレーナである。

 NPBに比べればやや試合数は少ないとはいえ、春から秋まで長期にわたる独立リーグの1シーズンをコンディショニング管理している殖栗トレーナー。実際に殖栗トレーナーと話しをすると、トレーニングに対する豊富な知識量にいつも感服させられる。

  今回は、そんな殖栗トレーナーに、コンディショニングの観点から二刀流の是非についてとことん語ってもらった。

二刀流は伸びしろ、体重管理とあらゆる面で厳しい

ランニング中の大谷翔平投手(北海道日本ハムファイターズ)

 まず、二刀流を1年こなすには、どれくらいの体力レベルが必要なのか。殖栗トレーナーはこう切り出した。

「この質問はいろいろな方に聞かれて、いつも答えていることなのですが、今のままだと伸びしろは小さく、野球選手としてのピークが出ないと答えています。

 大谷が打者としてやりたいのならば、体をひたすら大きくすれば良いと思います。今、出場試合数が少ない中で、さらに経験値を増やして、パワートレーニング系を積極的に行えば、野手としての潜在能力はもっと発揮されると思います。

 しかし投手はそうではなく、ボールを加速させる動きを習得しなければならない。上半身に脂肪が付いてしまうと、身体の回旋速度が遅くなるので、絶対にパフォーマンスが落ちてしまいます。どこかの段階で、投手一本に絞って、投手用の体を作らないといけないと考えています。

 今のままでも、どちらでもそれなりのパフォーマンスはできますが、世界一はないと答えています。もし彼がMLBへ進んで、世界一の投手を目指したいのならば、そろそろ一つに絞った方がいいですね」

 投手と野手では体の作り方から大きな違いがあり、殖栗トレーナーも、一つのポジションに絞るべきと考えているようだ。では、なぜ一つに絞るべきなのか。

「選手には成長期があります。大谷の場合、20歳なので、まだまだ筋肉の肥大が見込める成長期。この時期に筋力トレーニングを重点的に行ったという報道がありましたが、方向性は間違っていません。ただそこを超えて、22歳まではハイパフォーマンス期といって、筋肉の肥大も止まり、野球に近い動作のトレーニングが入り、力を出すことが目的になります。

 22歳を過ぎてから怖いのは、体重が増えやすくなることです。そのため体重管理が非常に難しくなり、脂肪も増えて、体のキレが鈍る傾向が多い。成績を落とした投手を見ると、太っている投手が多い。特に20代後半以降からが大変です。
だからプロ野球の投手でも、走り込みが多くなるんです。プロ球団のトレーナーの方と話しますと、走り込みを多くするのは体を絞らせる意味合いがあるようです。投手は走れなくなったら終わりといいますが、太ったら終わりなんですよね」

 確かに太った投手で、実績を挙げている投手はあまりいない。プロ野球は、キャンプ前、キャンプ後、シーズン後に必ず体重、筋肉量、脂肪量を測定する。最も成功するパターンは、脂肪量が1キロ減って、筋肉が1キロ増えて、体重は変わらないパターン。これが良いようだ。脂肪が減って筋肉が増えれば、その分、身体の回旋速度が上がるので、パフォーマンスも高まる。逆に脂肪量が増えて、筋肉量が減ってしまった選手は回旋速度が落ちるので、球速が出ず、成績を落とすことが多いようだ。

 いかに筋肉を落とさずに体重管理を維持するか。それがプロの投手の仕事なのだ。

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[page_break:回復力のある今でも、8月、9月に成績を落としている]

回復力のある今でも、8月、9月に成績を落としている

テイクバックを取る大谷翔平選手(北海道日本ハムファイターズ)

 投手の場合、体重を管理するのは、シーズン中のトレーニングで行う。殖栗トレーナーも投手の体質に合わせてトレーニングメニューを組み立てて、パフォーマンスを発揮させていた。しかし今の二刀流のようなスタンスだと、体重管理がかなり難しいと殖栗トレーナーは説明する。

「年間143試合をこなすのは、投手としても野手としても、コンディショニング管理や、体重管理が大変です。今後、大谷が野手の出場を増やしながら、投手の出番も増やすとなると、かなり体に負担がかかりますし、体の管理も難しくなります。こういう生活を何年も続けるのと、投手1本に絞りながら、投手の体型を作り上げて、投手用の調整とトレーニングを何年もするのでは、伸びしろは大きく変わってきます」

 年齢が上がるにつれて体重が増えやすくなるだけではなく、143試合を1年間フルに、投手も野手もこなして戦うとなると、パフォーマンスを伸ばすのは難しくなる。考えてみれば、回復力のあるこの時期だからこそ出来ているのかもしれない。

「僕も日本ハムがどんな調整をしているか分からないですが、まだ20歳ぐらいは回復力が高いんですよね。この時期ですと、成長ホルモンもいっぱい出ていますし、細胞を回復させる機能がいっぱい働いているので、食べて寝れば回復できる。その点が大きいですよね」

 プロの先発投手は、登板時に状態がピークに達するように調整することが仕事になる。

「投手は中6日ぐらいじゃないですか。1週間あれば、回復させて、登板時にピークを持っていくことができるんです。打者は常に試合に出場して、調子を維持することが求められる。大谷は、投手の疲労と、野手の疲労の両方が溜まる。疲労が溜まることばかりやっているんですよね。投手はローテーションの合間にフィジカルのトレーニングをして、調子を整えることができますが、二刀流の場合はそれができないので、パフォーマンスは落ちやすい。年齢を重ねるにつれて、今ほどの回復力は期待できませんので、影響は出ると思います」

 確かに昨年の成績を振り返ると、大谷の防御率が良かったのは、6月(1.37)と7月(0.93)だった。逆に8月では防御率3.67、9月では防御率3.80と悪化している。打者としても、3・4月は打率.392の高打率でスタートにしているが、その後は3割を超えた月はなく、9月には.226とスタートに比べれば低い数字でシーズンを終えている。ちなみに1年目の2013年は8月・9月ともに1割台。数字的なモノを見れば、投打ともシーズン終盤に疲労の影響が出ているのだ。

 これまでの報道を振り返ると、北海道日本ハムは故障のリスクを考え、登板時も中4日、5日で投げることはなく、中6日以上で投げることが多かった。これほど気を遣っていても、やはり影響が出てしまうのだ。
二刀流は中6日が当たり前な日本のプロ野球だからこそできているといえるだろう。中4日が当たり前なMLBではこのような調整は出来ないからだ。

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[page_break:世界一を目指すか、前人未到を目指すか]

世界一を目指すか、前人未到を目指すか

リラックスした表情を見せる大谷翔平選手(北海道日本ハムファイターズ)

 殖栗トレーナーは大谷がどの道を目指すかで、状況は変わってくると説明する。

「世界一の投手を目指すか、または二刀流で前人未到を目指すか。二刀流をこのまま続けても、投打の成績は上がってくると思います。それがメジャーのスカウトへ売り込みとなるかもしれません。しかしこれは前例がないことです」

 また、野手をやるときに怖いのは突発的なケガである。

「スライディングで捻挫をしたら、バランス感覚にも影響しますので、怖いですね。脱臼なんかすれば、かなり厳しいと言わざるを得ない。故障は100%のうち、65%が慢性障害。35%は突発的な障害で、結構高い確率なのです。野手をやるとリスクは高いですし、つまらないケガで潰したくないですよね。だって球界の宝のような選手じゃないですか」

 今は大きなケガはないが、何が起こるか分からないのが野球の怖さである。将来を考えれば、突発的なケガが起こるリスクを減らして、1つに絞るという考えは、ごく当たり前なことである。ただそういう声は以前からあったことで、それをはねのけて、昨年、プロ野球初の二桁勝利&二桁本塁打を残したのが大谷 翔平なのである。

 今までの二刀流論を聞くと、1つに絞った方が良いという声が多かったが、殖栗トレーナーの視点から見た二刀流論はとても具体的で、なぜダメなのかが最も納得できる理論だった。今回は大谷に当てはめたが、多くの選手も参考になるだろう。

 ちなみに大谷がMLBに渡る時期は26歳、27歳が最適だという。
「能力が伸びるのは26歳がピークで、それ以降はコンディショニングを整え、より戦略的なことを身に付けて勝負する必要があります。そうなるとMLBなど、高いレベルに触れないといけないんです。

 日本でコンスタントに15勝出来る投手は、日本でやることはないと思います。さらに才能を伸ばすには、今よりもレベルが高いところでやらないといけない。だから田中 将大は26歳、ダルビッシュ 有は27歳からMLBでプレーを始めましたが、時期として大正解なんです。
大谷がその年齢でピークを迎えるのは、繰り返しになりますが、発育にあわせたトレーニングと、投手専門のトレーニングをしなければならないと思います」

 この先、大谷が1つに絞るか、二刀流のままで行くかは分からない。だがこれほどまでに投打両方ともに大きな可能性を示し、議論になった選手もいない。大谷の存在がなければ、コンディショニングの視点から選手を見ることはなかっただろう。

 そんな大谷には、球界の開拓者という呼び名が相応しいかもしれない。これまでに例のない選手だからこそ、大谷が残す足跡は日本の野球界にとって大きな財産になっているのは間違いない。

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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