Column

増田 督 さん「学ぶことについての考え方」

2009.05.14

第2回 増田 督さん「学ぶことについての考え方」2009年05月15日

「なんで勉強をしなくちゃいけないのか」「勉強する意味が感じられない」

何のためにやっているか見失いがちな学校の勉強。
そこで今回は、少年院にて教官として指導された増田さんに、『学ぶことについての考え方』をお聞きしてきました。
そこには勉強することの先にあるものが隠されていました。

高校野球情報.com スタッフ一同

勉強することの意味  

 だれもが「人間らしく、自分らしく生きたい」と思っているはずです。では、人間らしく、自分らしく生きるとはどういうことかというと、一言で言うなら、『考えて生きる』ということになります。なぜなら、人間の方が他の動物よりも圧倒的に優れているところは、「考える」ことだからです。走ったり、泳いだりすることは、人間より他の動物の方が優れていますよね。だから、人間らしく生きるということは、「考えて生きる」ということなんです。

 たとえば、動物だったらお腹がすいたらその欲求のままに食べてしまいますが、人間であれば、たとえば「夜遅くに食べると太るから食べないようにしよう」と考えて、自分らしく生きるためのより良い『選択』をすることができたりしますよね。

つまり、そういった考える力を発揮させるほど、より自分らしく生きることができるようになるのです。 

 そして、「勉強する」ということは、「より良く生きる」ための土台作りになります。何かを考え、より良いアイディアを生むための基盤となるのです。そして、自分の人生を豊かにするのも貧しくするのも、より良いアイディアを生み出せるかどうかにかかってきます。

 たとえば、何か大切な会議があるとき、「このテーブルに花があれば、場がなごむかも」と思ったとして、これも自分の人生をすこし豊かにするアイディアです。もし、花に関する知識がなければ、つまり花という存在を知らなければ、花を飾ろうという発想は絶対に生まれません。

 今のはごく単純な例ですが、実は人生は万事こんな調子で、勉強は、そういった良いアイディアを生みやすくするための土台になります。私は預言者ではないので、何月何日に素晴らしいアイディアを思いつきますよ、とは言えないのですが、この土台があればあるほど、その確率はまちがいなく上がります。そしてその度に自分の人生はいろんな意味で豊かになり、自分らしく生きている、という実感が得られるのです。勉強で得た知識がそのまま直接的に社会生活には役立つとは限りませんが、勉強は考える作業のひとつであり、アイディアを出すトレーニングにはなっているので、発想力豊かな脳の構造を構築することができます。

 では苦手な勉強を無理やりにでもやればいいかというと、僕はそこまでしなくても良いと思っています。自分の長所の足を引っ張らない程度でやればいいんです。例えば野球に打ち込んでいるのに、練習に支障が出る程勉強することは、ときに消耗的な精神状態になってしまい、せっかく好きでやっているはずの野球の練習を邪魔してしまいます。

 自分のこころの中を静かに見つめてみて、「野球に思い切り打ち込みたい」という気持ちの片隅に、「でも勉強もしなくちゃな」という気持ちがあるなら、それも自分の「本心」ですから、その本心に素直になって、その気持ちの分だけは勉強すると良いでしょう。反対にそうしないと、本心では勉強したいという気持ちがすこしはあるのに、その気持ちに逆らっているので、これも消耗的な精神状態になり、肝心の野球にも支障が出ると思います。

 また、単に目先の進学のことだけを考えるのでなく、その先の社会人生活など、人生を通して自分がどうありたいかを考えてみることも必要です。

 人生を長期的に考えれば考えるほど、勉強は重要なものだとより感じられると思いますから、自分にとって、野球と勉強はそれぞれどの程度の位置付けなのかを考えて、勉強と野球のバランスを考えると良いでしょう。おそらく勉強と野球の両立の大切さが、より一層意識できるのではないでしょうか。

 そうしたことを「考える」ことが、自分らしく生きることの土台になるのです。

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人間が一番欲しいもの

 少年院に入ってきたばかりの生徒は、自分で入りたくて入っているわけではないので、何かをやれと言っても「やらされている」という精神状態なんです。まして私のような少年院の先生も、自分を逮捕した警察官と同じ公務員ですから、その仲間みたいなものだと思っているわけです。敵みたいなもんですよね。話しかけても返事はするけど、お前にこころは開かないぞという感じで、私はそんな状態の生徒をずっと担当してきました。

「僕も普段からこんな話ばかりしているわけじゃないんだけど、せっかく少年院という場所にいるんだから、すこし深い話をしたい。そこで考えてほしいんだけど、『人間が一番欲しいもの』って何だと思う?」

 少年院に入ってきた生徒に最初にそんな質問をするんです。たいていの生徒は「お金」と答えます。そこで私はこう投げ返します。

「じゃあ想像してほしいんだけど、『あなたにお金をたくさんあげましょう、でもこのお金は一生1円たりとも使わないでください』と言われても、『それじゃあもらった意味が無いじゃないか』と思うと思わない?つまり、お金そのものがほしいんじゃなくて、お金を使うことによって『何か』が得られると期待して、その手段としてお金が必要だと思っているから、結果的にお金がほしいわけであって、本当にほしいのは、お金の先にある「何か」だよね?」
「じゃあその『何か』って何だと思う?」

 そうすると、言葉は悪いんですが、快楽だとか快感だとか答えてきます。でもそういった言葉も、『何か』の中の一つに過ぎないわけです。私は時間をかけて、生徒たちに深く考えてもらいます。

 そして、その『何か』というのは、突き詰めて言えば『幸せ』であり、すこし綺麗な言葉を使うと、『自己実現』だということに気付いてもらいます。本心からこれを欲しくない人は、まずいませんよね。そうした幸せになりたい、自己実現したいという願望が生徒たち自身の心の中にあるんだということを、まず最初に確認してもらうわけです。

 次に、「漁師の話」をするんです。もし自分が漁師になりたいとして、誰かに釣り方を教わるとしたら、誰に教わったらいいか尋ねます。

「消防士かな?」「違います。」
「八百屋かな?」「違います。」
「じゃあ警察官かな?」「警察とか、思い出させないでください。」

 そんなやりとりを通して、釣り方の上手い漁師に聞けば、一番手っとりばやいということを確認してもらいます。
そして、それと同じ理屈で、自分が幸せになりたい、自己実現をして自分らしく生きたいとしたら、誰に聞いたら良いかを聞くんです。

「明日自己破産しようとしている人かな?」「違います。」
「じゃあ警察官かな?」「だから、警察とか思い出させないでください。」

そうすると、やはり、自己実現をしている人に聞くのがいいという答えが見えてくるわけです。

「いや、僕はそんな人に聞かなくても、自分なりのやり方で幸せになってみせるから、誰かに教わらなくてもいいです。」

という「オレ流」を主張する生徒ももちろんいます。でも私はまずは「学ぶ」ということが大事だと思っています。そこで、なぜ「学ぶ」ことが大事かについて、私は「ステレオの話」をしています。

 もし自分の力だけでステレオを作ろうと思ったとして、ステレオの外側からの「見た目」だけで中身の構造を想像して、こういう部品を使っているのではないかと推測したり、自分のこれまでの20年くらいの経験から得られた知恵で、自分なりのやり方で音が出るまで作ることができるでしょうか。百歩譲って作ることができたとしても、相当遠回りをして、無駄な時間と労力を使っていることになります。
 このたとえから、まず世の中で自己実現している人が、頭の中でどう「考えて」いるかを学ばなければ、音は出ない(自己実現できない)ということを確認してもらいます。

 まずは自己実現している人がどんな考えで、どんなことをしてきて、今の状態になっているんだという、基本的なことだけは学ぶ必要があります。その上で、自分なりの応用を利かせていくんです。だからまず「学ぶ」ことが始まりになるんです。

 野球でもプロ野球選手は小さい頃から、まず素ぶりだとか、ピッチングだとか基本的なことを学んだ上で、自分なりのやり方を加えることを繰り返しています。そして、プロフェッショナルな人は誰よりもその基本的なことを徹底してやっている人です。まずは「自己実現」という、誰もが手に入れたいと思うものについて、「学ぶ」ことをしていき、その上で自分の人生に当てはめてみると良いと思います。

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自己実現のサイクル  

 では、自己実現している人は何を考えているかというと、結論から言うと、彼らは自分の「人間性」を向上させることを第一に考えています。非常にシンプルにまとめると、彼らの頭の中には「人間性」「人脈」「生活」の3つの要素があるんです。

 まず、自分を磨いて「人間性」を上げます。人間性とはなにかというと、たとえば「勤勉でよく働く」でもいいですし、「思いやりにあふれていて気遣ってくれる」もそうでしょう。「野球でここまでやった」というのも、もちろん人間性のカテゴリーに入ります。いわゆる周囲の人が、「魅力」を感じる部分です。人間性を向上させると、人からの「見られ方」が変わっていくのです。

 そうすると、次に「人脈」が変わってきます。つまりお付き合いする人が変わってくるわけです。社会的に影響力がある人や、様々なお世話をしてくれるような方に、見込んでもらえるようになってくるわけです。そうなると、質の高い情報やチャンスが自然に集まってくるようになります。

 質の高い情報とチャンスに恵まれていれば、当然「生活」が豊かになってきます。ゆとりが出てきた中で、英語を習ったり、勉強したりして、さらに人間性を上げていくことをしているんです。そうしていくうちに、気付いたらここまで実現した、という感じになっているわけです。これが基本的な、「自己実現のサイクル」です。

 だからまず、人間性をあげる必要があるんです。多くの人は、人間性はそのままの現状維持で、なにかおいしい話はないかなと考えたりしがちですが、その考え方の違いが自己実現しているか、していないかの違いを生んでいます。

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球児にメッセージ

 野球を通して、さまざまな意味で成長していれば、人間性を磨いていることになります。勉強も当然、人間性を磨くことになっています。それを自覚できるかがポイントです。進学することを通して、成長するんだと自覚してやらないと、進学できればいいという感じで、やらされ意識で勉強に取り組むことになりがちです。

 よく少年院の生徒から「大学って楽しいですか?」と聞かれますが、大学自体が自分に何かをしてくれるわけじゃなく、そこで自分が何をするかで、楽しいか楽しくないかが決まってくるのです。まず必要なのは大学で何をしたいのかを考えることです。それが考えられていれば、今勉強することがどれだけ価値のあることかについて、一層の理解が得られると思います。

 そうは言っても、勉強する意欲が出ないというときもあると思います。ただ、「野球もやりたいし、勉強もうまくやりたい。」という状態を望むのであれば、今まで述べてきたようなことを、考える「回数」を増やすと良いと思います。考えて、意識する回数が増えると、先に述べた「勉強の重要性」について意識が高まります。

 あとはきっかけです。例えば、私はラーメンが好きなのですが、ラーメンを食べたくなるのは、「ラーメンは美味しい」と思っているからですよね。「ラーメンはまずい」なんて思っていたら、いくらラーメンのことを意識する回数が増えても、絶対に食べたくないわけです。だから「勉強は美味しい」、つまり、勉強は自分の人生にとって、とってもプラスになることなんだと日ごろから意識するようにしていけば、あとはなんらかのきっかけがあって、変わることもあります。勉強ができない自分より勉強ができている自分はどんなにいいか?そのためにどうすればいいか?とか、進学して笑顔になっている自分をイメージしたり、友達と話したりして、楽しみながら考えてみるといいと思いますよ。

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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