Column

物語ドットコム 「ライバル刺激に努力でつかんだプロの道」

2023.03.15

「俺もアイツのような速い球を投げたい……。でも、今は身体を鍛える時。まずはこのトレーニングを頑張ろう」

 静かな山あいに球音が響く秋前の四国育英高校グラウンド。1年生左腕の大和 陽一は1学年上のエースが、「ウワーッ」とうめきつつ、きっちり手を抜いている体幹トレーニングに黙々と、妥協なく取り組んでいた。

 大和のいう「アイツ」とは四国育英と長年、ライバル関係にある南海学園の1年生、西本 篤のこと。中学軟式野球界では150キロに到達する剛速球を投ずるスターとして鳴らし、1年春から公式戦にも登板。全国的にも注目される存在となっていた。

 そんな西本にあえて挑戦すべく、隣県の硬式中学野球チームから四国育英での寮生活を選択した大和。地道な体幹トレーニングによって修得した強靭な下半身は、高校野球にとって大事な要素である「制球力」の土台となった。

 そして四国育英はそんな大和の活躍もあり、1年秋から西本の先を走り始める。1年秋は 右ひじを痛め県大会準々決勝で敗れた南海学園を尻目に四国大会を制覇。コロナ禍により2年春のセンバツは中止となったものの、センバツ出場予定校が集った夏の甲子園交流試合では大和も聖地初登板。そして迎えた秋の県大会決勝戦。四国育英・大和と、南海学園・西本とのライバル物語は1つのエポックメーキングを迎える。

 西本が自己最速151キロのストレートと、130キロ後半のスライダーなど制度の高い変化球で12回を1失点で投げ切れば、大和は130キロ程度のストレートにこの大会から本格的に使いだしたカットボールを軸にこちらも延長12回1失点完投。試合はお互い譲らぬまま日没コールド引き分け再試合となったが、「対照的なスタイルでも西本と渡り合えた」大和の自信は2日後、登板を回避した西本に見せ付ける5安打完封で成就。

 これには普段は選手に高い要求を投げかけ続ける名将・大淵 次郎監督も「大和は本当によく練習する。その成果が出ている」と手放しで褒め称えた。

 その後、大和は続く四国大会も制覇。センバツでは痛恨の1失点で初戦敗退に終わり「チームを勝たせられず悔しい」と唇を噛む中でもコントロールは全国屈指レベルにあることを示した。

 しかし、ライバル西本もさるもの。春の県大会を制すと続く春季四国大会では出場校順位決定戦で大和登板なしにもかかわらず延長13回タイブレークで敗れた四国育英と再び対決。「もう四国育英には負けない」西本の気迫は、本塁打・リリーフ登板での「154キロ」での優勝で実る。

 ついに迎えた最後の夏。否応なくお互いを意識する四国育英・大和と南海学園・西本による「ライバル物語・高校野球最終章」の時は来た。県大会決勝戦。先発マウンドに上がったのはもちろんこの2人である。

 自らの状態が上がらず、思わぬ激闘となった準決勝の疲労ももろともとせず、コースを突く大和。そこに浮かんでいたのは……。あの体幹トレーニングだ。「あれだけやったんだから、スタミナは俺の方が上だ。絶対に西本には負けない」

 西本も三振ショーで大和に対抗。しかし、試合中盤からは不安がよぎっていた。「握力がなくなってきている」。大和に負けない練習量をこなしても怪物も人の子。そして最終回、 彼の投じた変化球は信じられない抜け方で捕手のミットをかすめる。もう限界だった。

 大和には珍しく、感情を爆発させた大きなガッツポーズ。ついに決着はついた。「終わった……」しばし感傷にひたりながら試合後の挨拶を終えると、西本が涙ながらに抱きつく。 そして大和の耳元にこんな声が漏れた。

「今までありがとう。甲子園では俺の分まで頑張ってくれ」

「ありがとう。」同じ時代に名門校エースの宿命を背負って闘った2人だけだからこそできる。短い言葉での濃密な心のキャッチボール。そんな西本の想いも背負った大和は、南海学園ベスト8進出の大きな原動力となった。

 夏が終わり、進路選択の時期。県大会決勝戦後、すぐに高卒プロ入りを表明。上位指名が確実視された西本。一方、大和につきまとったのはやはりいつもは140キロに届くか届かないくらいの「球速」だった。だが、すでに彼の心は早くから決まっていた。そこには西本との約束が。

「一刻も早くプロの一軍で、お互い先発で投げ合う夢を実現したい」
ドラフト会議当日。西本、阪神1位指名の歓喜に沸く南海学園の喧騒をよそに、静かに大和は時を待った。そしてドラフト6巡目。

「やまと・よういち」

 「球速はプロに入ってから絶対に上がる」と、かねて彼のことを評価していた巨人からのドラフト指名。ライバルの2人は、今度はプロ野球界のライバル球団同士で、ヒストリーの続きを演じることになった。

 あの夏から、もうすぐ2年の月日が経とうとしている。1年目から一軍登板を果たした西本に対し、大和は1年目を体力づくり中心の日々を過ごすことに。だが、昨年の秋になると だんだん球速も上がってきた。1年の夏前から積み上げてきた体幹の貯金が、利子になって返ってきたのである。

「努力はやっぱり裏切らないんだな」

 今年、キャンプでは途中から一軍の舞台も踏んだ。失敗もまだまだいっぱいあるけれど、 刺激的な毎日が本当に楽しい。球速もいつの間にか147キロまで伸びた。ただ、もう球速だけでないことも解っている。いろんな面で「勝つ」ことが次のステージに進むことをしったから、今はそこだけに集中したい。

 でも、これからきっと終生のライバルになる西本と誓い合った約束だけは忘れていない。 絶対に2人で巨人と阪神のファンを沸かせてみせる。その場所は甲子園か、それとも東京ドームか。今度も「勝つ」のは俺。そこだけは譲れない。

(記事=寺下 友徳

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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