中京大中京vs日本文理

 スリリングな19分だった。

 2009年、夏の甲子園決勝。春夏通じて11度目の日本一を狙う中京大中京(愛知)が、夏の初勝利から決勝まで勝ち上がってきた日本文理(新潟)に大差をつけている。9回の守りを迎える時点で10対4。そして、いったん森本 隼平にマウンドを譲っていた堂林 翔太が再登板を志願すると、わずか6球で簡単に2死を取った。

 だが…。ここから試合終了までの19分で、日本文理が1点差まで追い上げるのだ。

 打席には、1番の切手 孝太。フルカウントから、外角にショートバウンドするスライダーを見きわめ、四球で2死一塁だ。この試合、堂林から3の3と当たっている2番・高橋 隼之介は、粘って9球目を左中間への二塁打にし、まず5対10。武石 光司がライトへ三塁打で6対10。まだ点差はあるが、堂林は気がついていた。「微妙な球はカットされるし、ボールには手を出さない。甘くなれば痛打される……」

 この夏の文理打線は強力だった。新潟大会6試合で57点の勢いは、甲子園でも止まらない。寒川(香川)との初戦は4対3。日本航空石川戦、12対5。立正大淞南(島根)との準々決勝、11対3。3試合連続2ケタ安打で、3回戦からは史上初の2試合連続毎回安打だ。県立岐阜商との準決勝も、2対1ながらやはり2ケタ安打。4試合で33回の攻撃中、ヒットが出なかったのはたった3イニングだから驚く。

 とにかく、振り込み量がものすごかった。08年に秀子夫人を亡くし、一人暮らしだった大井道夫監督がしみじみ語る。
「夜遅く、グラウンドのそばにあるスーパーに酒の肴を買いに行くのよ。そうするとみんな、照明の下でバットを振っている。アイツら、まだやってんのか……って感心するよ」

 

 4点差の9回2死三塁、打席には吉田 雅俊。2球目を高く打ち上げた。三塁側ファウルグラウンド。中京のサードは河合 完治だ。だが、強烈なスピンのかかった打球は「あの日のように空が真っ青だと、ときに、高いフライの距離感がわからなくなるんです」とのちに回想した河合が見失い、後方に落ちた。ファウル…。

 堂林や河合らにとっては08年春、そしてこの年の春に続く、3度目の甲子園だった。忘れられないのは、この年のセンバツ準々決勝だ。堂林の投打の活躍で、報徳学園(兵庫)に9回2死まで1点リード。だが、そこで逆転2点打を浴び、あと一人から敗退してしまう。「センバツの負けが、脳裏から離れなかった」という堂林を筆頭に、以後、ナインの意識は明らかに変わった。ポール間を走るのは、最後の最後まで全力。つねに9回2死三塁を想定して行うノック。あと一人、あと1球を追求しながら、きわどい打球を数知れず受けた。

 愛知大会では、準決勝までをすべてコールドと圧勝し、甲子園でも龍谷大平安(京都)、関西学院(兵庫)、長野日大都城商(宮崎)、花巻東(岩手)を下し、春夏連覇した1966年以来、夏は43年ぶりの優勝まであと一人までこぎ着けた。そこで、捕れば優勝のファウルフライをよもやのミス……。「さすがにあれはちょっと、切り替えられませんでした」という堂林が、直後に吉田に死球を与え、再びマウンドに上がった森本が高橋 義人に四球。4点差で、2死満塁となる。ここで一発出て同点、というのはできすぎにしても、なにかが起きる予感が高揚し、気化して、次打者・伊藤 直輝へのコールが自然発生する。

 イットッウ! イットッウ! イットッウ! コールを聞いた伊藤は、なぜか“打てる”と確信した。

 日本文理の快進撃には、伊藤の右腕が欠かせない。新潟大会5試合、28回を33三振、5失点。140キロを超える真っ直ぐとスライダーのキレは、まったく危なげがなかった。甲子園でも、4試合を完投。ことに県立岐阜商戦はチェンジアップが絶品で、1失点11奪三振だ。

 だが、「ユニホームの下で筋肉がもりもりしていて、大学生みたいな」(大井監督)中京打線はモノが違った。5回まではなんとか2点でこらえていたものの、6回、わずかな守備のほころびから6失点など、10点を失った。6日間で4試合目となるこの日、さすがに体が重い。だが、中村 大地主将の「どんなに打たれても、最後まで伊藤で」という訴えを聞き、大井監督も最後まで伊藤に任せていた。

 その伊藤の打席。3球目の直球をたたくと、打球は三遊間を破り、2者が還って8対10。続く代打の石塚 雅俊が、初球のカーブを真っ芯でとらえ、さらに一人還って……2死走者なしからついに1点差だ。なんという粘り腰だろう。さらに一打逆転のチャンスに、10人目の打者は若林 尚希。伊藤とは、小学生時代からのバッテリーだ。2人のナオキ。だが、脚光を浴びるのは伊藤ばかりで、伊藤が打たれると大井は、「なんであんな配球をした?」とあえてつらく当たる。それを目にした伊藤は、コイツのためにも、オレがしっかり投げる、と誓った。塁上のナオキが祈る。打て、ナオキ。

 2球目。直球に反応した若林のバットが快音を残した。同点か? と身を乗り出す一瞬もなく、打球は河合のグラブに直接吸い込まれた。2、3歩走り出して、ひざまずく若林。三塁走者だった伊藤は、ゲームセットの瞬間を目の前で実感すると、友のもとに駆け寄る。あと1点届かなかったが、9回2死走者なしから19分。文理の魂の攻撃は、勝者以上に鮮烈な印象を残した。文理・大井監督はいう。

「野球は筋書きのないドラマというけど、9回で6点差ならほぼ筋書きはわかる。それが2死からの5点とか、カーブをまったく打てない石塚が初球からヒットとか、確率的にありえないことが起きるのは、甲子園だからだよねぇ」

(文=楊 順行)