目次

[1]寝耳に水だった監督就任
[2]広商、崇徳に憧れた少年時代
[3]「ずるをした」センバツでの初戦<

「ずるをした」センバツでの初戦



中井哲之監督(広陵)=2019年の取材より

 広陵にとって10年ぶりだった、その80年センバツは、ことごとく好投手と当たった。まずは、西本 和人(元西武)のいた東海大四(現東海大札幌・北海道)。ここをサヨナラ勝ちすると、2回戦は九州学院(熊本)の園川 一美(元ロッテ)。5安打に抑えられたが、広陵もエース・渡辺 一博がそれを上回る2安打完封で1対0。諫早(長崎)との準々決勝は、9回の犠飛でこれもサヨナラ。準決勝では、「球道くん」こと高知商の中西 清起(元阪神)に1対5と抑えられたが、久々の出場でベスト4は上出来だ。

 中井から聞いたこの大会の話でおもしろいのは、初戦のサヨナラ勝ちである。9回表に2点差を追いつかれ、同点となったその裏、広陵の攻撃。1死二塁とサヨナラのチャンスで、打席には1番の中井が入った。だがここで、捕手がボールを弾いたのを見て三塁を狙った二塁走者が、間一髪アウト。

「これで2死走者なしですが、私の目からはセーフに見えました。実際、アウトを告げられた鳥居順一が泣いているんですよ。よ〜し、なんとかオレがもう1回チャンスを、と思いましたね」

 その通り、中井は四球を選ぶとすかさず盗塁した。2死二塁、再びサヨナラのチャンスだ。だが次打者・川口 幸伸は、ぽんぽんと追い込まれる。流れが悪い、と感じた中井は、思わず二塁塁審に申し出た。「目に土が入ってコンタクトがずれたので、タイムをお願いします」。実は、土など入っていない。だが、なんとか間を取って、ちょっとでも流れを変えたい。その一心で目をパチパチさせ、さも土が入っているという演技をしたのだとか。

 うまいことに、頭から二塁に滑り込んだので、目に土が入るのはありえる。ただ、盗塁成功のあとにすでに2球投げているから、そこで急に目に土が入ったふりをするのは、いかにも不自然だ。それでもタイムは認められ、中井はいったんベンチに戻ると、必要もないのに丁寧に目を洗い、タオルでふき、「治りました! ありがとうございます」と二塁に戻った。そのとき、ベンチの松元 信義監督が打席の川口に、「次も絶対まっすぐじゃけえ、目をつぶってでも振ってこい!」と声をかけるのが聞こえた。

 その直後。西本の外角速球に食らいついた川口の打球がライト線に落ちる。二塁から中井が還る。広陵、サヨナラ勝ち——。中井は振り返る。

「まあ、ずるをしたわけです。いま指導者としては、生徒たちに"まっすぐに生きろ、正直であれ"と言っているんですけどね(笑)。それにしても、甲子園初戦という、せっぱ詰まった場面で、よくあんな演技をしたものです。いや〜な流れをなんとか変えたかったとはいえ、くそ度胸があるのかバカなのか、自分でもよく分かりません」

 優勝する高知商に敗れはしたものの、ベスト4。チームは大いに手応えをつかむと、その年の夏も決勝で広島商に勝ち、甲子園に出場。ここでもベスト8まで進んだ。広陵の夏の出場は8年ぶり、春夏連続となると12年ぶりのことだった。中井監督が誕生するのは、これから10年後のことになる。(第2回へ続く)

(記事:楊 順行)