この夏、2年ぶりに開催された夏の甲子園。史上もっとも遅い8月29日に決勝戦が行われたが、その裏で帝京を50年間率いた前田三夫監督が勇退を部員に告げた。

 高校野球に半世紀を捧げた男はいかにして帝京を全国屈指の強豪に鍛え上げ、「名将」となったのか。前回は「帝京・前田三夫監督」誕生までを語っていただいたが、今回は監督就任から初の甲子園出場、そして全国制覇までの道のりを振り返ってもらった。

名監督列伝・前田三夫(帝京)
■第1回
「知られざる監督就任エピソード」
■第2回
「夏の全国制覇を勝ち取るまでの修行期間と大胆改革」
■第3回
「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」

習志野、東海大相模の名将から学んだ甲子園に行くチーム作り


 「なにしろ、部員が4人しかいないでしょう。フリー打撃のときには僕がキャッチャーをやったとしても、投手と打者のほかには守備が2人しかいないんですよ」

 前田 三夫さんは、帝京高校の監督になった当時のことをそう、振り返る。そのころのグラウンドは、強豪のサッカー部と90メートル四方ほどの校庭を二分するつつましいものだったが、4人での練習ならば、十分以上に広かったはずだ。

 正確にいうと1972年の春、まだ新入生を迎える前。みんなで甲子園に行こう、とぶち上げながら、あまりの練習の厳しさに15人前後いた部員は1人、2人と、グラウンドに出てこなくなる。なにしろ当時の選手たちに聞くと、「(学校わきを流れる)石神井川に落っこちてくれないか」「交通事故に遭ってくれないか」などという物騒な冗談がかわされていたほどの苛酷な練習だったのだ。

 とはいえ、前田さんは必死だった。のちには教員免許を取得するが、当時は事務職員としての採用である。監督として結果を残さないと、いつ職を失うかわからない。

「だから、なんとか選手をその気にさせようとバットを買って、それぞれの好みに削ってもらったりね。当時はまだ木製の時代で、自分用のバットを手にすると選手が張り切るのは、経験上わかっていたんです。だけど、まだ部の予算がないから自腹(笑)。試合用のユニフォームの不足分も、ニューボールも自腹で調達したから、1、2年目のボーナスなんか、右から左だったよね」 

 自身大学では1試合も出場がなく、下積みの気持ちもよくわかるから、目配りは細やか。最初は反発していた選手たちも、そういう熱意と人間性に徐々に感化されていく。一時は部を去っていた新2年生のうちやがて二人が戻り、新年度には新入生が入ってきて、なんとか通常の練習ができるようになった。夏の大会前には、「また逃げ出されたらたまらん」というわけではないだろうが、主力の6人を自宅に泊め、合宿を行った。朝食をとらせ、弁当を持たせて送り出すと、午後は8時まで練習し、帰宅後は夕食をつくって食べさせた。かくして、夏の初陣。3回戦で足立に敗退したが、前田・帝京は2勝を記録している。

 若い前田さんはその間も、時間を見つけては徒歩、あるいは自転車で中学校をコツコツと回り、「有望な選手がいたら、ぜひ帝京を受験させてくれませんか」と売り込む。そういう日々で徐々に力をつけはしたが、それでも当時は、先述のように日大勢が全盛である。能力の高い子ほど、日大系列に進む。3年目の74年夏には、東西2代表制になった東東京でベスト8まで進んだが、準々決勝で敗れた相手が日大一だ。翌75年夏はベスト4も、今度は早稲田実業が立ちはだかった。勝つためにはどうしたらいいのか、考えあぐねる日々だ。

「同じ時期に監督になった石井(好博)さんの習志野には、同郷の同期生ということもあって、よく練習試合をお願いしましたね。石井さんがいうには『前田よ、行きたい、行きたいと思っているだけじゃ甲子園には行けねえよ。1回、甲子園を見せてやったらいいよ。それだけで全然違う』。聞くところによると石井さんも、高校2年のときに甲子園を見学して、全国で戦うにはあのレベルにならなくては……と痛感したらしい。だから私も、生徒を連れて見学に行きました。石井さんの習志野は、75年夏に全国制覇するんですが、練習試合ではウチもそこそこいい試合をしていましたから、それは励みになりましたね。

 練習試合といえば、若さの無鉄砲というか、ツテもないのに東海大相模の原貢監督にもお願いしました。ちょうど息子の辰徳がいたころで、見るも無惨にやられたけどね。それより、学校のグラウンドでの練習試合なのに、若い女性ファンがいっぱいなのはビックリでした。そして原監督には『前田君、勝ちたいか。勝ちたければ、武道の本を読みなさい。日本の野球は、武道だよ』とアドバイスを受けて、吉川英治さんの"宮本武蔵"を読みましたね。73年のセンバツで優勝した横浜・渡辺(元、のち元智)さんの本も、アンダーラインで真っ赤になるくらい読んだ」

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