目次
[1]平成は東邦で始まり東邦で締めた/令和最初の愛知代表は
[2]復活ユニフォームの中京大中京

平成は東邦で始まり東邦で締めた


 平成最後の甲子園大会となった第91回選抜高校野球大会で、愛知代表の東邦が優勝を果たした。
 東邦としては、平成元年となった1989年の第61回大会以来の優勝ということになった。そんなこともあって、「平成の高校野球は東邦で始まり、東邦で締めくくった」とも言われて称えられた。

 この年の東邦は、秋季大会の段階から前評判は高かったが、東海大会準決勝で中京学院大中京につけられた5点差を9回に追いついて、10回に再度リードされながらも逆転サヨナラ勝ちするなど、勝負強さを示していた。

 それだけに大会での躍進が期待されたが、初戦の21世紀枠代表校の富岡西には苦しんで3対1で辛勝。

 二回戦の広陵には12対2で大勝。これで勢いづいて準々決勝は筑陽学園に7対2。準決勝では曲者ぞろいと言われていた明石商に対しても落ち着いた試合運びで4対2と快勝。

 エース石川 昂弥投手も8回に2ランこそ浴びたものの5安打で完投した。この勝利は愛知県勢としては春夏通算の300勝ということにもなった。

 そして迎えた決勝でも、習志野を圧倒。6対0で快勝した。

 こうして、センバツの優勝回数としては5回目と歴代最多。センバツの通算勝利数も中京大中京の55勝を抜いて56勝と最多となった。

 これで改めて「春の東邦」の強さを示しながら平成の高校野球を締めた。
 石川選手は決勝で2本塁打も放ち大会通算3本塁打。投げても5安打完封。投打に図抜けたところを示した。

令和最初の愛知代表は



誉ナイン

 令和最初の愛知代表は、尾張地区の新鋭・が果たし、甲子園では選手宣誓も務めた。

 センバツで東邦が優勝した愛知県だったが、夏の愛知大会は混戦状態となり、決勝は名古屋市内勢がいない顔合わせで、これは2001(平成13)年の弥富(現愛知黎明)と豊田西が争った年以来のこととなった。

 尾張地区のと東三河地区の桜丘という対戦は、が悲願の初優勝を果たして、春夏通じて初めての甲子園出場を果たした。

 混戦となった要因の一つとしては、センバツ優勝校で絶対的本命とされていた東邦が、序盤で星城に敗退したことに始まっていた。
 そこで、一躍星城にスポットが当たってきたのだが、その星城享栄も下してベスト8まで進出したものの、に敗れた。

 は準決勝では2対8くらいの比で不利と言われていた中京大中京に5対4で勝利。この勢いで決勝も桜丘を下した。

 そして、初の甲子園では林山 侑樹主将が選手宣誓を引き当てるとともに開幕試合にもなった。
 あまりにもメモリアル過ぎた初甲子園は、いきなり八戸学院光星に満塁弾を浴びるなどで9対0で完敗。全国の壁を痛感させられた。

 実は、混戦の予兆は実は春季大会から表れており、センバツ帰りの東邦中部大一が下してさらに西尾東中京大中京などを下して優勝。

 準優勝も愛知黎明で、いわゆる名古屋市内の私学4強ではない弥富市と日進市の対決となっていたのだ。春、夏ともに決勝に名古屋市勢がいないというのは極めて珍しい現象でもあった。