第7回 金足農の県勢103年ぶりの決勝進出で改めてその存在がスポットを浴びた秋田県2020年02月05日
【目次】
[1]まだ記憶に新しい金足農フィーバー
まだ記憶に新しい金足農フィーバー

吉田輝星(金足農業)※写真は共同通信社
まだ記憶に新しい金足農フィーバーとなった2018(平成30)年夏の第100回全国高校野球選手権大会。金足農は吉田 輝星投手(日本ハム)の好投で快進撃。吉田投手が秋田大会の段階から一人で投げ切ったというだけではなく、メンバーも不動のまま戦ったということで「昭和の高校野球スタイル」とも言われた。
とはいえ、それだからこそ注目度も増し話題にもなったということである。
そして、その際に話題となったのが秋田県勢としては何と第1回大会の秋田中以来の決勝進出となったということでもあった。それは、それだけ秋田県勢は甲子園では苦戦をしいられていたということにもなるのだが、そのことで改めて秋田中、現在の秋田高校の存在も再認識されたことも確かである。
秋田中は明治維新から6年後の1873年9月に洋学校として創立したのが母体とされている。その翌年には、伝習学校と統合して大平学校となる。さらに、統合や改称を経ながら1901(明治34)年に秋田中となっている。それだけの歴史と伝統がある、秋田県では一番の古い学校ともいえる。
文献によると創部は1894(明治27)年とされているが、もっと以前から部としての存在があったとも言われている。そのあたりは定かではないというくらいに歴史も古いということだ。ただ、東北地区で最も早く野球に親しんでいた学校だったということは間違いなさそうだ。
だから、栄えある第1回全国中等学校野球優勝大会に東北地区代表校として出場したというのは、出場すべくして出場していると言ってもいいであろう。とはいえ、第1回大会の東北代表を決める大会を開催する旨を当時、秋田に次いで野球が盛んであった岩手県に伝えてなかったことで、東北地区では横手を下した秋田が出場できたという説もある。
とは言うものの、最初の全国大会での準優勝校としての歴史は重い。この実績だけで、東北一の伝統校と言われるに十分だと言ってもいい。しかも、その後も時代が流れていく中で、比較的コンスタントに甲子園に出場し続けているのはさすがといっていい。
旧制中学の流れを汲む存在だけに、県を代表する進学校という立場でもあり、その伝統も継承している。18年度の入試実績としては東大12人、東北大は56人、秋田大は52人という合格者を輩出している。この実績は県内では一番のものであり、東北大の合格者数としては全国3位。秋田大に関しては全国1位である。つまり、名実ともに文武両道の名門校と言っていい存在だ。
第1回大会以降の甲子園での実績としては、以降は1934(昭和9)年の第20回大会のベスト4と、1965(昭和40)年の第47回大会に大鉄(現阪南大高)、日大二、津久見を下してのベスト4(優勝した三池工に敗退)という実績はあるが、さすがに初戦敗退というケースも少なくはなかった。
ことに平成に入って以降は94年に春夏出場、96年春、99年夏、03年春と甲子園出場は果たしているものの初戦突破に苦しんでいる。県内ではノースアジア大明桜(当初は秋田経大附→秋田経法大附)の台頭があって、他には前述の金足農や、歴史的にライバルとなっている秋田商などにも阻まれることがあるのだが、それでも県を代表する伝統校という位置付けは変わらない。何といっても春5回、夏19回という出場実績、通算10勝24敗という数字と共に、準優勝1回という実績が輝いているのだ。
ユニフォームのゴシック体での「AKITA」の文字は、「KEIO」に似せたものと言われている。これは、当初の野球の伝導が慶應義塾だったということを表している。これに対して、秋田のライバル的存在としての位置づけが大きい秋田商は、ユニフォームもワセダカラーで慶應型の秋田に対抗している。秋田商との対決は今も「秋田の早慶戦」と呼ばれるくらいである。
文=手束 仁
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- 手束 仁
- 生年月日:1956年
- 出身地:愛知県
- ■ 経歴
愛知県知多市出身。半田高→國學院大81年卒。大映映像事業部など映像会社で、映画・ビデオなどの販売促進、営業等を経て、編集プロダクションに10年勤務後独立。
99年に『熱中!甲子園』(双葉社)を仕掛け、を刊行。同年に『都立城東高校甲子園出場物語~夢の実現』(三修社・刊)で本格的にスポーツ作家としてデビュー。99年12月に、『アンチ巨人!快楽読本』(双葉社)を企画編集・執筆。その後、『ふたりの勇気~東京六大学野球女子投手誕生物語』、『高校野球47の楽しみ方~野球地図と県民性』(三修社)などを相次いで刊行。さらに話題作となった『甲子園出場を目指すならコノ高校)』(駿台曜曜社)、『野球県民性』(祥伝社新書)、『プロ野球にとって正義とは何か』、『プロ野球「黄金世代」読本』、『プロ野球「悪党」読本』(いずれもイースト・プレス)などを刊行。
さらには『高校野球のマネー事情』、『スポーツ(芸能文化)名言』シリーズ(日刊スポーツ出版社)、『球国愛知のプライド~高校野球ストーリー』などがある。
2015年には高校野球史を追いかけながら、大会歌の誕生の背景を負った『ああ栄冠は君に輝く~大会歌誕生秘話・加賀大介物語』(双葉社)を刊行し18年には映画化された。
スポーツをフィルターとして、指導者の思いや学校のあり方など奥底にあるものを追求するという姿勢を原点としている。そんな思いに基づいて、「高校生スポーツ新聞」特派記者としても契約。講演なども國學院大學で「現代スポーツ論」、立正大で「スポーツ法」、専修大学で「スポーツジャーナリズム論」などの特別講師。モノカキとしてのスポーツ論などを展開。
その他には、社会現象にも敏感に、『人生の達人になる!徒然草』(メディア・ポート)、『かつて、日本に旧制高等学校があった』(蜜書房)なども刊行。文学と社会風俗、学校と教育現場などへの問題提起や、時代と文化現象などを独自の視点で見つめていく。 そうした中で、2012年に電子メディア展開も含めた、メディアミックスの会社として株式会社ジャスト・プランニングを設立。新たなメディアコンテンツを生み出していくものとして新たな境地を目指している。 - ■ 著書
『都立城東高校甲子園出場物語~夢の実現』(三修社)
『甲子園への助走~少年野球の世界は、今』(オーシャンライフ社)
『高校野球47の楽しみ方~野球地図と県民性』(三修社)
話題作となった
『甲子園出場を目指すならコノ高校(増補改訂)』(駿台曜曜社)
『スポーツ進学するならコノ高校』
『東京六大学野球女子投手誕生物語~ふたりの勇気』(三修社)
『三度のメシより高校野球』(駿台曜曜社)
『スポーツライターを目指す人たちへ~江夏の21球の盲点』(メディア・ポート)
『高校野球に学ぶ「流れ力」』(サンマーク出版)
『野球県民性』(祥伝社新書)
『野球スコアつけ方と分析』(西東社)
『流れの正体~もっと野球が好きになる』(日刊スポーツ出版社)NEW! - ■ 野球に限らずスポーツのあり方に対する思いは熱い。年間の野球試合観戦数は300試合に及ぶ。高校ラグビーやバレーボール、サッカーなども試合会場には積極的に顔を出すなど、スポーツに関しては、徹底した現場主義をモットーとしている。
- ■ 手束仁 Official HP:熱中!甲子園
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