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PL学園で主将・コーチとして培った武骨な精神は、寿司を握ることで今も生き続ける ふじ清・清水孝悦社長(PL学園OB)

2020.10.30

 大阪・藤井寺駅から徒歩3分。藤井寺一番街商店街のアーケード内に、かつて甲子園を沸かせた豪傑たちから、こよなく愛される寿司店がある。

 店名は「ふじ清」。
 テイクアウトが中心だがカウンター席も少数あり、店内は地元民や常連客で賑わっている。

 この老舗を経営するのが、清水孝悦さんだ。
 清水さんは栄華を誇ったPL学園野球部の出身で、3年時には主将として春夏連続で甲子園準優勝を経験。大学卒業後もコーチとして14年間グランドに立った。

 松井稼頭央(埼玉西武2軍監督)に福留孝介(阪神タイガース)、平石洋介(福岡ソフトバンクコーチ)や今江敏晃(東北楽天コーチ)とプロに送った教え子は数多く、オフシーズンには現在でも多くのOBが清水さんの元を訪れる。

 今回はそんな清水さんに、経営者の視点からPL学園での3年間を振り返っていただいた。
 熾烈なレギュラー競争にひりつくような寮生活、そして主将として2度の甲子園準優勝に導いた経験は、経営者である現在にどんな影響を与えたのだろうか。

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小学校4年から「決められていた」PL学園への道

PL学園で主将・コーチとして培った武骨な精神は、寿司を握ることで今も生き続ける ふじ清・清水孝悦社長(PL学園OB) | 高校野球ドットコム

 小学校3年時に、父の影響で野球を始めた清水さん。
 野球経験こそ無かったが、近鉄バファローズの合宿所の食堂で選手たちの食事を作っていたこともあり、野球界との繋がりも非常に深かったと父の姿を懐古する。

 「淡路島出身だった父は、洲本高校に同級生がいて選抜甲子園で初出場初優勝しているんです。その中には、社会人野球、当時の職業野球にいった選手もいたそうで、『芸は身を助ける』と僕には絶対野球をやらせようと思っていたみたいですね。

 とにかく厳しくてね。僕にはどうしても甲子園に行って欲しいと思っていたみたいです。
 ホンマに星一徹みたいなオヤジでした」

 その後、父は寿司屋を開店したが、お店には野球関係者も多く足を運んだ。
 その一人が、PL学園野球部の初代監督であり、当時スカウトを務めていた井元俊秀氏である。この繋がりが、後に清水さんを「PL学園の主将」へと導いていくのだが、実は清水さん、元々PL学園への憧れなどは一切無く、むしろ行きたくないと思っていた。

 厳しい練習や寮生活は、中学生だった清水さんの耳にも入っており、また中学時代の友人と離れることも不安だった。
 遊びたい年頃でもあった清水さんにとって、PL学園入学は避けたい道であったが、「僕に選択肢はなかった」と笑って振り返る。

 「もう親父と井元先生の間で決まっていましたね。僕が小学校4年の時からすでに。
 覚えているのがリトルリーグの練習終わって帰ってきた時に、お店に井元先生と教祖様がいらっしゃっていたことです。ユニホームで帰ってきた僕に教祖様が、『野球やってるんか、ならウチにきなさい』と言いました。それがすべての始まりでしたね」

[page_break:先輩投手が喜ぶことを考えて掴んだ正捕手の座]

先輩投手が喜ぶことを考えて掴んだ正捕手の座

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ふじ清・清水孝悦社長(PL学園OB)

 それでも、いざPL学園に入部すると「僕の性格上、負けたくなかった」と、熾烈なPL学園の文化にどっぷりと浸かっていった清水さん。

 キャッチャーだった清水さんの、入学時の立ち位置は「学年で3番目の捕手」。
 全国大会での実績も豊富な選手が入学する中で、決して目立つ存在ではなかった。

 しかしPL学園で活躍するのは「上手い選手」ではなく、「気持ちの強い選手」。
 甲子園で堂々とプレーするPL学園の選手たちを見れば、自信に満ち溢れたエリートばかりが集うチームにも思える。しかし清水さんは「入学する選手のほとんどは自分が下手くそだと思っている」と語り、そして「下手くそ」と思い続けることにPL学園の強さの秘密があると説明する。

 「一学年で20人前後が入りますが、大半の選手は自分で上手いと思っていません。

 でも、だから強いのだと思います。
 下手くそな気持ちが強ければ強いほど、たくさん練習するので他には負けないんです」

 清水さんはレギュラーを掴むため、エースである先輩投手から「ボールを捕ってくれ」と言われることをとにかく目指した。エースのボールを受ける数が多いキャッチャーほど、最終的にレギュラーに近づくと思ったためだ。

 「下手くそ」であることを自覚していた清水さんは、一瞬の油断もすることなく、先輩のボールを一球一球丁寧に捕球することを心掛け、とにかく先輩に喜んでもらうことに努めた。

 すると清水さんの丁寧なキャッチングは、少しずつ先輩投手からも一目置かれるようになり、先輩投手からピッチング練習の相手を頼まれることが多くなる。

 「清水は丁寧やからええねん」

 先輩から掛けられるこの言葉がとにかく嬉しく、最終的に捕手のレギュラーも獲得した。
 高校時代の経験から、清水さんは相手が喜ぶことを考える姿勢が何よりも大事であると力説する。

 「上手い子はやっぱり油断があるんですよ。横着してプレーが雑になる。
 僕は『自分』というものを無くして、先輩が喜ぶことは何だろうとずっと考えていました。

 PL学園のコーチもしましたが、やっぱり上手くても『自分は下手や』と思ってやることが大事だと思います。福留(孝介・阪神タイガース)なんかは、まさにそうでしたよね」

 また清水さんの高校時代を語る上で欠かせないのが、主将として2度の甲子園準優勝を経験したことだ。
 清水さんは、チームの士気を何よりも大切にリーダーシップをとり続けて、高い熱量を帯びた常勝軍団を引っ張ってきた。

 特に清水さんが意識したのが、選手が自ら成長できる環境だ。
 選手が高いモチベーションを持って練習に取り組めるよう、選手の行動やプレーに対して頭ごなしに叱ることは決してしなかった。
 選手たちが前向きに練習に取り組めるよう、清水さんは「見守る」ことを心掛けてきたと振り返る。

 「チーム内での戦いを見守るのがキャプテンです。
 『何をやってるんや』と厳しく言ったら、後輩は全力でプレーできないじゃないですか。選手を生かすか殺すかはキャプテンの腕次第だと思います」

[page_break:見守るとは「タイミングを見る」こと]

見守るとは「タイミングを見る」こと

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ふじ清・清水孝悦社長(PL学園OB)

 卒業後は同志社大を経て、父が切り盛りしていたふじ清を手伝いながら、PL学園のコーチも14年間務めた。
 そしてPL学園のコーチを辞めた後は、父から店を継ぎ、経営者となって現在まで辣腕を奮っている。

 PL学園のコーチ時代と同様に、情熱を持ってお店に立っていた清水さんであるが、それでも始めは苦労も多かった。

 社員が伸び悩むこともあり、順調に成長していると思ってもすぐに独立を考えるケースが続き、清水さんは社員との価値観の違いに非常に戸惑ったという。

 だが、そんな清水さんの苦悩を乗り越えるヒントは高校野球にあった。
 捕手として先輩が喜ぶことを必死に考えた時のように、スタッフに対しても、どんな声掛けが心に響くのか考えるようにしたのだ。

 社員が間違いをしてしまった時でも、その場で一つ一つ指摘するのではなく、タイミングを見て後から声を掛ける。
 主将として後輩たちを指導した時と同様に、「見守る」ことも徹底したことで、社員は集中力を保ったまま仕事に打ち込むことができ、また信頼関係も構築されていったと清水さんは語る。

 「見守るということは、タイミングを見ることです。
 キャプテンをしていたことで、アドバイスするタイミング、叱るタイミング、褒めるタイミングが自然と理解できるようになったのだと思います。
 それはお店であろうが、企業であろうが大事なことです。そうじゃないと下の人間はついてこないと思います」

 また信頼関係が構築できたことで、清水さんの考え方も徐々に社員に浸透してきた。
 かつての飲食業界は「丁稚」という徒弟制度があり、多くは住み込みで食事や日用品は支給されたが、給与は支払われないか、支払われたとしてもごく僅かなものだった。
 だが現代では雇用制度が確立したことで、技術を覚えながら給料を受け取ることができるようになった。

 そこに甘えて独立だけを目的にするのではなく、まずは「学びながら働ける」ことに感謝を感じ、甘えることなく技術を磨いてこそ本当の成長ができる。
 これが清水さんの考え方だ。

 「どんどん成長しようと思ってやってるか、 良いところだけを学んだからとりあえず独立しようと思うか。分かれ目はそこですよね。

 独立しても、人を雇うようになった時にその人は初めてわかると思います。
 常日頃からちゃんと自分を磨いていたら、必ず自分に返ってきます。ピンチの後にはチャンスがやってくる野球と同じで、商売でも手を抜いてはいけません」

 こうした考え方を社員にも説いたことで、以降に独立した社員の多くは、清水さんも認める腕前で巣立っていった。現在でも清水さんのもとへ挨拶に訪れることも多いそうで、これもまた誇りの一つだ。

[page_break:嘘をつかない高校野球にして欲しい]

嘘をつかない高校野球にして欲しい

PL学園で主将・コーチとして培った武骨な精神は、寿司を握ることで今も生き続ける ふじ清・清水孝悦社長(PL学園OB) | 高校野球ドットコム
準優勝盾を持つ高校時代のふじ清・清水孝悦社長(真ん中)、右が中村順司監督、左が清原和博氏

 独立した元社員だけでなく、PL学園の教え子もまた清水さんのもとへ挨拶に訪れる。
 コーチ時代には厳しい指導が代名詞であったが、それでも多くのOBは「あの厳しい指導のお陰で今がある」と感謝の言葉を並べるという。

 「あの頃は厳しかったけど、今に活きています、何を言われても耐えられますとみんな言ってくれるんですよ。どんな仕事でも厳しいと思いますが、清水さんに言われたことが活きていますと言ってくれるのが僕は一番嬉しいですよね」

 経営者としてのやりがいも全く同様だ。
 お客様から掛けられる「ごちそうさまでした、美味しかったです」、「いつもありがとうございます。また来ます」の言葉が何より嬉しいと言い、人から感謝されることこそが仕事の本質であると笑顔で語る。

 主将としてコーチとしてPL学園の栄光を築き、そして経営者としても活躍する清水さん。
 最後に高校球児へのメッセージをお願いすると、「常日頃から嘘をつかないこと」と元指導者らしい一言をいただいた。

 「練習する時って嘘をつきたくなるじゃないですか。10回やらないといけないところを8回で終わって、10回やりましたと嘘をつくとか。
 でもそこで12回やるとか、そういった高校野球を過ごして欲しいですね。

 そうすることが高校野球をやり切ったと言えることに繋がります。やりきったと言えることで、社会に出たときに自信に繋がるんです」

 PL学園野球部は、2016年の夏の選手権大阪府大会をもって休部することになったが、決して魂までが消えてしまった訳では無い。
 福留孝介選手や中川圭太選手(オリックス)など現役プロ野球選手は4名おり、PL学園出身の指導者も全国に点在している。桑田真澄氏といった元プロ野球選手も積極的な活動により球界を盛り上げ、また最近では片岡篤史氏のようにYouTubeによってPL学園の歴史を発信するOBもいる。

 そして清水さんもまた「お寿司を握る」という形で、これからもPL学園の武骨なスピリットを後世に伝え続けるだろう。

(取材:栗崎祐太朗)

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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