目次

[1]愛する母校への進学は相思相愛で決まった
[2]多くのことを経験して社長という会社の監督になった
[3]怪我がありながらも人間性が認められ、最後まで試合で起用された
[4]互いの今後についてのメッセージ

 少し日差しが傾きつつも、どこか秋らしい強い日差しが差し込む愛知県名古屋市昭和区。東海道新幹線・名古屋駅から地下鉄鶴舞線で20分ほど離れたいりなか駅が最寄り駅で、閑静な住宅地の中に構える学校こそ、全国区の名門校・中京大中京だ。

 先日行われた明治神宮大会では優勝を決めた、秋の日本一のチーム。2009年には堂林 翔太(広島東洋カープ)を擁して、日本文理との大接戦の末に甲子園を制した経験もある甲子園勝利数日本一の中京大中京。今回はそんな中京大中京で1996年にプレーし、現在は株式会社ESSPRIDEで代表取締役を務める西川世一社長にお話を伺い、当時の話を語っていただいた。

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愛する母校への進学は相思相愛で決まった


 15時過ぎ、タクシーから降りたがっちりとした体格の男性。全身エンジ色のスーツを身に纏い、落ち着いた佇まいで中京大中京の前に現れた人物こそ、西川世一社長だ。

 軽く挨拶を済ませ、校舎の奥にあるグラウンドへ足を運ぶ。人工芝のグラウンドにダイヤモンドの部分が土になっている長方形のグラウンドの周りを歩きながら、バックネットの方へ移動。全体練習が始まる少し前とあって、グラウンドにはまだ選手たちが準備をしているところだった。

 現在チームを指揮する高橋源一郎監督は、西川社長の1つ下の後輩にあたる。挨拶を済ませると、チームの話へ。取材日は東海大会真っ只中で、神宮大会、そして選抜出場がかかった大事な時期。チームの状態や試合の話で盛り上がりを見せている姿を見て、西川社長も1人のOBとして、しっかりと後輩たちの戦いを見守っていることが分かった。

 その後、グラウンドに降りて記念撮影をするなど、後輩・高橋監督と練習前のひとときを楽しんだ西川社長。そのままレフトの方へ歩みを進める。現役時代、慣れ親しんだレフトのポジションへ到着し、腰を下ろすと当時の話を始めた。

 「卒業してから20年以上経ちましたが、グラウンドに来たのは、その時以来です。やっぱりレフトを見ると、当時のノックのシーンだとか、大藤監督にミスして呼ばれてホームまで全力で行って叱られるシーンとかを思い出しますね」

 小学生の時からプロ野球選手を夢に見ながらも、地元・中京大中京の試合を見に行くほど強いあこがれを持っていた西川社長。小学生の時から春日井ボーイズで投手兼外野手として活躍。周りのチームメイトは愛工大名電享栄へ進学する中、西川社長のもとには念願の中京大中京からの話が舞い込んできた。