目次

[1]レベルの高さを痛感したプロの世界
[2]人生、人を変えた甲子園であり高校野球だった

人生、人を変えた甲子園であり高校野球だった



終始笑顔で印象的だった近田玲王さん

 第一線から退く決意を固めた近田さん。その理由はこんな想いからだった。
 「ドラフトにかかるかもしれない若い選手がいて、そういった選手に登板機会を少しでも増やせるようにと考えたんです。中継ぎの経験が少ない選手が多く、僕が出場枠を使っていましたが、将来のある選手を優先してほしいと思い、監督に話をして、引退をしました」

 先のある選手に譲ることを優先して近田さんは引退。小学3年生から続けてきた野球と別れたが、「プロ野球選手の夢も叶えたので、清々しく引退しました」と納得の表情を浮かべる。

 現在はJR西日本の社員として、車掌の仕事に勤めており、ドアの開閉。さらには車内アナウンスなどをしている。その傍ら、2015年からは京都大学の野球部のコーチとして野球界に戻り、選手の育成に尽力。2020年の秋からは助監督してベンチに入ることも決まった。

 選手から指導者と立場は変わったが、これからも野球に携わっていく近田さん。そんな近田さんにとって3度足を踏み入れた甲子園はどんな場所だったのか。
 「自分を大きく成長させた場所と言いますか、報徳学園の看板を背負いながらも人を作ってもらえた場所。人生を変えた場所だと思います」

 スーパー中学生として高校野球界に飛び込み、熱中症やイップスなど多くの挫折を経験するも、最後の夏は甲子園8強と報徳学園の3年間で様々なことを経験した近田さん。そんな近田さんにとって高校野球とは何だったのか。その答えは明確だった。

 「自分に人生を変えた、作った3年間だったと思います。この経験をできたからこそ今があります。高校野球を通じて苦しいこともたくさん経験しましたが、3回も甲子園を経験できて楽しいことも経験できました」

 現在、コーチをされている京都大で今秋のリーグ戦から助監督としてベンチに入ることとなった近田さん。最後に球児たちにメッセージを残してくれた。

 「3年間、人が味わえない苦労を乗り越えた時に今後の人生に生きていくと信じているので、今は苦しくても夢を大きくもって自分の人生にプラスになるように考えて、いいものにしてほしいです」

 終始取材中は笑顔が絶えなかった近田さん。しかしそれは熱中症、イップスと人以上に苦しい経験を乗り越えられたからこそ表れる屈託のない笑顔なのだ。甲子園のヒーローは指導者となって野球界に携わりながら、新たなスターを育てていく。

(取材=田中裕毅)


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