目次
[1]群雄割拠、好ゲームの多かった1年/神宮第二球場、最後の日は来た
[2]フィナーレを飾った球史に残る一戦

群雄割拠、好ゲームの多かった1年


 この1年、春季都大会の優勝は東海大菅生、準優勝は国士舘、東東京大会の優勝は関東一、準優勝は都立小山台、西東京大会の優勝は國學院久我山、準優勝は創価、秋季都大会の優勝は国士舘、準優勝は帝京と、東京都高校野球連盟主催の公式戦の決勝進出チームは7校になる。

 東東京大会の8強のうち5校はノーシードで、西東京大会でも3校はノーシードといったように、群雄割拠の1年であった。

 こうした混戦模様を反映して、どの大会も序盤から好ゲームが多かった。

 中でも平成最後の大会となった春季都大会では、結局東西東京の代表として甲子園に行くことになる関東一國學院久我山の延長戦の熱闘、終盤の逆転が圧巻だった都立小山台早稲田実業の一戦、それに最後は主将の石田 隆成のサヨナラ打で決着した東海大菅生国士舘の決勝戦などは、強く印象に残っている。

 夏の大会では、3日連続で登板した後、中1日の登板にもかかわらず、150キロ近い速球で修徳を抑えた上野学園赤坂 諒の力投、宮崎 恭輔のサヨナラ満塁本塁打で決着した國學院久我山早稲田実業の一戦をはじめ、目を離せない熱戦が数多くあった。

 好ゲームの多かった1年であるが、ベストゲームとなると、秋季都大会の準々決勝の帝京日大三の試合になるだろう。

神宮第二球場、最後の日は来た



帝京勝利の瞬間

 1961年の完成とともに東京の高校野球の主要舞台であった神宮第二球場は、秋季都大会の準々決勝を最後に球場としての歴史に幕を閉じることになった。
 その最後の試合が、前田三夫監督率いる帝京と、小倉全由監督率いる日大三という、まるで仕組んだかのような好カードになった。

 もちろん各校の代表が抽選した結果であり、帝京関東一など、日大三東海大菅生などの強豪を倒しての準々決勝進出であり、運命とも言える一戦であった。

 帝京との対戦が決まり、日大三の小倉監督は、「前田さんに強くしてもらった。前田さんと試合ができるのは、嬉しいことです」と語っている。
 1980年代から激しい戦いを繰り広げている両雄の激突である。

 試合当日、早朝から大勢の高校野球ファンが詰めかけ、スタンドは超満員の観客で埋まった。
 そして試合開始前には東京都高校野球連盟の役員がグラウンドに整列し、堀内正会長や武井克時専務理事があいさつし、この球場の最後の試合であることを告げた。

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