3月25日から開催した沖縄県高校野球春季大会をめぐり、テレビのコメンテーターが、「やらない方が良かったのではないか」という指摘もあったが、沖縄県高野連が大会開催を決断したのには、それなりの理由があった。

 3月はじめ。新型コロナウイルスの感染拡大の脅威に悩まされた沖縄県は、県立校が一斉休校に入る。暫くして感染者が3人で終わっていることを踏まえ、16日から全校の登校が再開。沖縄県高等学校野球連盟は20日に開催予定だった春季大会を、25日へスライドした。

 「練習期間が短い。(開校した)16日から大会へ入る4日程度では大きなケガにも繋がる。」と懸念したのだ。
 大会に入ると選手やチームスタッフ(監督、コーチら)の体温チェックはもちろん、箇所に消毒液の設置。選手らに密集と密閉の場を避けるなど、コロナウイルス感染拡大防止を図るための工夫を施した上で、無観客試合での大会開催を決定した。

 当初無観客試合は3月いっぱいまでを予定していた。「4月にはコロナウイルスが収束していて欲しい。そして父母を始め、高校野球を応援する方々に観に来てもらいたい。」との、沖縄県高等学校野球連盟の願いゆえであった。しかし、それは叶わず。新型コロナウイルスは収束するどころか少しずつ増え続けた。

 厚労省が発表した10万人当たりの感染者数日別推移によると、3月24日の時点で東京都が1.2人。大阪府が1.6人ほど。沖縄県はというと0.2人だった。30日に沖縄県は0.6人と、緩やかに増えたことを踏まえ、沖縄県高等学校野球連盟は4月も無観客試合とすることを決定。沖縄県は4月5日まで、そのまま0.6人と感染者数が増えることは無かった。

 

 30日の両都府を見てみる。

 大阪府が2.4人、東京都は3.2人。4月4日には大阪府が4.4人。東京都は6.4人。4月8日には大阪府が6人に。東京都は約10人(9.74人)と増大の一途を辿った。

 春季大会準々決勝終了の翌日、沖縄県高等学校野球連盟は、準決勝以降の日程を中止すると発表。沖縄県の感染者数は8日には2.2人と増えたことを見ても、沖縄県高等学校野球連盟が下した決断は正しかったと言える。

大会で撮影と取材をした筆者の思い



逆転タイムリーを放ったウェルネス沖縄・平良一葵(興南戦より)

 無観客試合のため、ベンチからの声はもちろん、プレイヤー同士の掛け声がこんなにも透るものなのかと、驚きとともに新鮮な気持ちに包まれた。選手たちも「応援団のためにも!」という気負いは見られず、それぞれが純粋にプレーを楽しむ姿が見て取れた。

 他県他者からは「こんなときに野球なんてやってるのか!」という厳しい声はあったであろう。だが、思い出して欲しい。東日本大震災後の選抜高等学校野球大会だ。

 「人は、仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えられると信じています。私たちに今出来ること。それは、この大会を精一杯元気を出して戦うことです。頑張ろう!日本。」と。

 あのときの選手宣誓で、「私たちは、阪神大震災の年に生まれた」と語りかけ始めた創志学園野山主将。全国民を感動させたあの言葉こそ、野球が持つ力。
 今回の沖縄県高校野球春季大会では、観客の皆様に選手たちの、愛息子の勇姿を直接観せることは出来なかったが、選手の父母、指導者の方から沖縄高野連へ感謝のコメントが多くあった。

 後編で選手の父母、指導者の方々の反応や開催したことによるメリットについて迫ります。

(文=當山 雅通

後編はこちらから!
選手ファーストで動き、開催ができた春季沖縄県大会【後編】

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