「プロ野球第一」「大学進学のための全国大会」日本とは似て非なる韓国の高校野球事情
試合の開始前と終了後はホームベースを挟んで整列しあいさつをする。短い頭髪に、似た顔立ち。韓国の高校野球は、どこか日本と似た感じがある。しかしその実情は、かなり異なる。中日の守護神として活躍した宣銅烈(ソン・ドンヨル)をはじめ、日本でプレーする韓国人選手を取材するため、スポーツ朝鮮の記者として1996年から2001年まで日本で取材活動し、日本の事情にも詳しく、現在は大韓野球ソフトボール協会理事で広報特補(特別補佐官)として、韓国の高校野球にも精通している李駿星(イ・ジュンソン)氏の話を中心に、韓国の高校野球事情を紹介する。
全てはプロ野球に入るために
李駿星氏
韓国の高校のチーム数は80校。減少しているとはいえ、3700校を超える日本と比べると、あまりに少ないが、実はこれでも、ここ10年くらいで30校くらい増えている。
李駿星大韓野球ソフトボール協会理事・広報特補(以下、李氏) 近年は1年で、3、4校ずつ増えています。韓国ではプロ野球の人気が高まったので、野球を志望する若者が増えています。少年野球の支援など、プロ野球のKBO(韓国野球委員会)や我々の協会も、努力をしてきました。
日本では多くは、本格的な野球は高校までで、プロはもちろん、大学や社会人まで続ける選手は、全体から見ればごく一部だが、韓国では、ほぼ全員がプロ野球を目指している。
李氏: 一番の問題はそこだと思います。韓国の高校の野球は、親の金で運営しているわけです。監督やその下にコーチが5,6人いますが、その給料も親が払っています。学校によっては、同窓会や学校が30~40%くらい負担しているけれども、それ以外は全部親が負担しています。親としては、息子をプロ野球選手にさせたいと思っているわけです。
プロに入ることを前提にし、かつては授業を受けないのも当たり前だったが、最近は、近隣の地域による週末リーグ制を導入し、試合は週末だけ、平日は授業を受けるようなシステムにはなっている。それについても……
李氏: それは、政府の方針です。でも指導者たちも親たちも、歓迎していないです。野球選手は野球が一番、うちの息子を、必ずプロ野球選手にさせたいので、勉強は必要ないという親が多いです。
韓国ではプロ野球は10球団。兵役があるため日本より多くの選手を保有し、ドラフトでも、毎年各球団11人、計110人が指名される。日本からみれば広き門だが、みんながプロを目指すとなると、かなり厳しい競争になる。
李氏: プロに入る選手は10%くらいです。残りは大学に行くか、野球を辞めさせる。高校の監督が親に、「この選手はレベルが低いですよ、野球を辞めた方がいいですよ」とアドバイスしたら、怒るんです。「いいや、才能はありますよ。もっと練習すれば良くなります」と言ったりするのですよ。
[page_break: 大学進学のために組み立てられた全国大会]大学進学のために組み立てられた全国大会
韓国代表の選手たち
とはいえ、高校からプロ入りできなかった選手は、大学進学を目指すことになる。韓国には前期、後期の週末リーグの他に、東亜日報が主催する黄金獅子旗大会、朝鮮日報が主催する青龍旗大会、中央日報が主催する大統領杯、韓国日報が主催する鳳凰旗大会、それに大韓野球ソフトボール協会の協会長旗の5つの全国大会がある。日本の植民地支配から解放された直後に始まった青龍旗と黄金獅子旗の大会が、歴史が一番長く、鳳凰旗は、韓国全部の高校が出場する。
この大会にはかつて、在日同胞チームも参加しており、元中日の捕手だった中村武志や、横浜などでプレーした金城龍彦らも、出場した。ただ今日では、こうした全国大会は、大学の推薦資格を得るための手段の色彩が濃くなっている。
李氏: 実は80の高校は、それぞれ全国大会に3回出ることが保証されています。青龍旗と黄金獅子旗で半分、半分、大統領杯と協会長旗を半分、半分。それに鳳凰旗が全部出ますから。それで3大会は出る。そのスケジュールで5回やっています。
黄金獅子旗と青龍旗は、前期と後期の週末リーグのチャンピオン決定戦を兼ねていますが、各地域の1位以外は、出場校を分けるようにしています。週末リーグの成績が悪いチームは、前は出てきませんでしたが、いまは順番で必ず1回は出るようになっています。それが大学の進学につながっています。
かつては大学のスポーツ特待生になるには、全国大会のベスト4以上の実績が求められる、「4強制度」というのがあった。今はその制度はなくなったが、大学ごとに出場イニング数など、異なる条件を定めている。
李氏: レベルの低い選手は、プロは目指さないにしても、大学に進学するために、一定のイニングは出場しないといけない。大学の推薦要件を満たすために、弱い相手の時に投げさせたり、大差がついた試合に登板させたりします。大学の推薦条件に合わせて選手を使うのも、監督の重要なミッションです。
球数制限の成果
李氏は日本の高校野球については、「本当にうらやましい環境で、一生懸命やっています。甲子園大会をみていると、本当に基本ができていると感じます。伝統とか礼儀を強調していますよね。学生野球はそれが大事です」と語る。
日本で問題になっている球数制限については、韓国では、ここ数年暫定的施行を経て、昨年から75球以上投げたら、中4日の休みが義務付けられ、1試合で105球を上限にする制度が導入された。制度導入に現場から、反対はなかったのか?
李氏: ありましたよ。優勝すれば、監督は親から謝礼をもらえますから。昔はクリーンアップがしっかりして、エースが良ければ優勝しましたが、今はできません。
しかし、プロに入ってもすぐに肘などの手術をする投手が多く、投手の酷使が深刻な問題になりました。今は、今年LGに入ったチョン・ウヨンなど、1年目から活躍する投手もおり、球数を制限したことで、故障を予防することができた。効果は十分だと思います。
韓国の高校の投手を見ていると、上半身の力が強く、重い球を投げている印象がある一方で、あまり走り込んでいない印象を受ける
安田: ピッチングは下半身のバランスが重要です。今の韓国の選手たちは体力や基礎より、技術、すなわち変化球を習得することを主としていることが問題です。韓国でも基本に戻った方がいいという声も出ています。走って、体力をつけて、速い球を投げて。
その一方で、ウエイトトレーニングは流行っています。プロ野球で流行っているので、それを大学や高校の選手もならっています。
日本の高校野球からみると、かなり違和感があるのは確かだ。韓国の高校野球に問題が多いことは、関係者の多くが認識している。ただ決していいとは思わないが、こうした生き残りのための競争の中で、結果へのこだわり、勝負強さが磨かれているのも確かだ。
(取材=大島 裕史)
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