「大会前の追い込み練習はマイナスでしかない」古島弘三医師 インタビューVol.3
球数制限が過熱になるが、指導者の間に「投げ込んで肩を作る」という認識は依然として強い。また、高校野球でよくみられる追い込み練習。これについても古島医師は医学的な観点から否定した。
これまでの連載
手術件数年間200件、「球数制限はせざるを得ない状況になっている」古島弘三医師 インタビューVol.1
「球数制限の前に良い投球フォーム」という声に古島医師の見解は? インタビューVol.2
追い込み練習は故障のリスクが大きい
古島弘三医師
―― アマチュア野球でみられるのは、投げ込みが多いと実感いたします。例えば強化練習があると“一週間で何百球投げる”など。
古島 そういった投げ込みが必要という考えはだんだん無くなると思います。
昔は何も無かった時代にタイヤを引いたり、たくさんうさぎ跳びをしたり、水を飲むなとかいろんな理不尽なトレーニングや我慢などがあったわけですけれど、今そんな指導をしている人は少なくなりましたよね。
ということはそんなに意味が無いとか、水飲むなで熱中症になったら死ぬ可能性があるわけですよね。
だから今ではそんなことをやっている指導者はおかしいということになっていますけど、これからは投げ込みすることが「肩、肘を壊す」という認識が当たり前なこととなっていくと思います。
うさぎ跳びをやったら膝が悪くなると言われて、もうやらなくなりましたよね。それはオスグッドとか成長時の痛みが出るからそうなったわけで、それは肘肩も一緒なんですよ。だから早くそういうのを分って、適切な指導にシフトしていくのがいいと思います。いますぐやればいい指導者として敬意をもたれるともいます。時代は必ずそういう方向へ向きますから。ドミニカの選手は投げ込みしてなくてもビュンビュン早くていい球投げてました。
――高校を取材していて、感じることなのですが、夏の大会前、5,6月の期間中は追い込みですごく疲れた状態で練習します。あれは先生から見てあまり良くない調整法なんでしょうか?
古島 全然良くないですよ(笑)。そこもトレーニングの理論とか、人間どうやったら上手くなるとか、そういう医学的知識やトレーニング知識が皆無で、昔ながらの認識でやっているだけの話なんですよ。追い込んですぐそれが実になるかというと、ならないわけです。“超回復”といって負荷をかけた後に、休養をとることでトレーニング前よりもパフォーマンスを上げることができる。誰でも知っているはずなのに,野球の現場では大会直前となると、練習で追い込んでいないと不安になるんですね、きっと。
せっかく二年頑張ってきた糧を直前で追い込んで疲れさせて、結局最後の夏は疲れた状態で入って、だんだん勝ちあがるうちに疲れちゃって、実力を発揮できずに終わるというパターンですよね。
当院に来る選手によく聞きますけど、「追い込みでみんなヘトヘトです」と。逆にヘトヘトになるとケガも多くなって、結局良い選手が夏の大会に肩肘が張って痛くなってとなり、最後の最後に出られなくなってしまってというようなチームはいっぱいあります。
逆に6月とかは自主練で、自分のペースで“自分にはあとここが足りない”とかそういう形で自主練させて、自分のペースで疲れを取りながら臨むのが良いと思います。が、普段から自主練させていないところに自主練を作っても上手くいきません。普段から自主性を持たせてせて練習しておくことも重要になってきます。
結局、追い込んだ状態ですぐ試合に入っても、疲れが取れなければ実力、パフォーマンスが出せないんですよね。追い込んだら『休む』という期間を設けないと、実力は上がらないです。
分かり易い例で言えば、バーベルを毎日やっていて、毎日やっていれば毎日だんだん挙げられるようになるかというと、そういうものではないですよね。毎日では疲れが溜まってきて、今まで挙げられていたものすら挙げられなくなるということになりますよね。
だから強くするには『休む』ということが必要です。休むというと野球人はサボると勘違いするのですが、休養することが必要なのです。特に投手は肩、ひじを休めるまとまった期間が必要です。なぜならば、見えない部分で小さな損傷というのは出てきますから、絶対にね。
そういうのは投げない期間にある程度修復させるということが必要なんです。ずっと投げていればそういう小さな損傷が逆に大きくなるだけなので。それが一番大事な時期に痛くなって出てきてしまうということなんです。
[page_break:完成期は高校生でもなくてもいい]完成期は高校生でもなくてもいい
肩肘は一生ものの消耗品
――では追い込み期間で7月に向けて多少強度が落ちてもやはり難しいということなんですね。
古島 普段から練習の強弱を考えながらやらなければならないんですよ。ずっと疲れさせた練習ばかりやらせていると必ず持たなくなってきます。野球の指導者はずっと負荷をかけ続けていないと安心できないんじゃないですかね。大会前1ヶ月の強度はむしろ落とす必要があるんです。あれだけ追い込んで、練習試合もたくさんやれば、投手などは特に疲れてしまって、良い結果は出ないでしょうね。
――夏に備えるというのは、夏に向けて調整したり、熱中症などの対策をすれば良いということでしょうか。
古島 もし、夏の大会に備えるというならば、疲労を完全に取って望むということですね。3週間以上の調整期間は必要ではないでしょうか!熱中症は体を鍛えても鍛えようも無いので、熱中症を予防するにはどうしたらいいか考えてもらいたいです。夏の大会中に足がけいれんするのは、熱中症の初期症状なのです。大会前までハードな練習を行ってきたらたとえ梅雨空でもおこるのです。10月にも熱中症は起きますし。そういう知識を指導者は知っているべきなのです。熱中症対策に炎天下の中練習して慣れさせるというのは、指導者としての資質が問われます。
――振り返れば、6月は土日含めて4試合×4週で、最低16試合。また平日でも練習試合を行って、それで追い込みでやるとなると、確かに選手の負担は大きいですね。
古島 せっかく2年かけて頑張ってきたのに、一番の目標としていたところでパフォーマンスを上げられないという結果になってしまいますね。それが、ケガという最悪な結末になってしまっては身もふたもないです。そういった選手が6月に多く病院を受診します。結局夏の大会が終わったら手術の予定を組むみたいな。
――話を聞くと、肩肘との付き合い方は、年間通して考えていかないといけないですね。
古島 そうですね。肩肘は一生ものの消耗品だと思ってやった方がいいし、高校生はまだ成長期と育成期。選手の能力はまだまだ高校生で完成ではないですから。
大谷選手だってプロに入ってからも伸びて、メジャーのあれだけ高いレベルで今成長しているわけですけど、どの選手だって高校を卒業して6~8年はまだ伸びる時期です。
普通は25歳ぐらいまで、体力的、技術的なものは伸びるわけですよ。25歳を過ぎたら経験とか知識とかそういうもので補っていって、またさらに高いレベルで、体力を維持してやっていくわけですが、小学校の野球を始める3年生から25歳ぐらいまで、16年ぐらいあるわけじゃないですか。そうすると高校というのはまだ半分なわけですよ。まだ7,8年実力を伸ばすことはできるわけです。
それは直線的に伸びるわけではないし、放物線を描くのか、こう曲線で上下しながら伸びるのか、人それぞれかもしれないけど、高校でピークに持っていこうとしたり、成長以上に伸ばそうとするから、身体が壊れるわけですよ。
――成長以上に伸ばすという考え方は、球速をけっこう求めがちなところがところがありますよね。
古島 そうですね。スピードとパワーを求めてプロテイン飲んだり筋トレやったりしていますけど、高校生でそれをやってしまうと、その後伸びないですよね。
スピードがプロのレベルに追いついていないのに筋肉ガチガチつけたって、もうそれで止まりです。今の金属バットが飛ぶから、ちょっと力をつければ高校生でホームランが打ててしまうので、そういう方向になってしまってますけど。
古島医師は大会で多く球数を投げた投手については試合直後だけではなく、その後の経過も見ていく必要があると語る。最初は痛みが出なくても損傷は蓄積されていき、ある時、痛みが突然生じてくる。つまり球数を多く投げた投手については、しっかりとケアしていかないと、その後の野球人生において重大なことになる。古島医師は「将来的な視野で考えて練習に取り組まないといけない。考えなしで練習をすれば、故障する」と語る。そんな中、球数を制限して投手を管理し、劇的にパフォーマンスを伸ばしているチームがある。それは次の章で紹介したい。
取材=河嶋 宗一
これまでの連載
手術件数年間200件、「球数制限はせざるを得ない状況になっている」古島弘三医師 インタビューVol.1
「球数制限の前に良い投球フォーム」という声に古島医師の見解は? インタビューVol.2