伝統を守りつつ時代とともに進化する、智辯和歌山に導入された野球ノートの中身とは?
智辯和歌山
智辯和歌山の敗退は今大会、これまで最大のサプライズだったといえる。 勝った近江は強かった。優勝候補をくだすだけのチーム力があった。 一方で涙を呑んだ智辯和歌山。3年生にとっての夏は終わったが、新チームが持つ潜在的な力は、今チームをしのぐかもしれない。
2017年から智辯和歌山のコーチに就任したOB中谷仁(元阪神タイガースほか)が、1年次から指導する選手たちが3年目を迎えるのだ。この秋からは監督に就任した中谷仁がコーチ就任時から取り組み始めたものはいくつもあるが、そのうちのひとつに「野球ノート」がある。 球児たちの「グラウンド以外の努力」が表れている、と話題を呼んでいる『野球ノートに書いた甲子園FINAL』より、智辯和歌山の取り組みについて紹介する
アップデートする智辯和歌山野球
選手へノックを打つ、中谷仁コーチ
智辯和歌山の「野球ノート」は、取り組み始めてまだ1年半。中谷仁がコーチに就任して以降始まった。当時の1年生だった現在の2年生は全員義務付けられ、現在の3年生はふたりをのぞいて自由参加だ。他校にあるような「やり方」もなければ「フォーマット」もない。練習が始まる前に中谷に提出し、練習後に返される、それだけ。
中谷は、選手がアップなどをしている間に目を通し、コメントしていく。中谷が言う。「野球ノートにかんしてはやったほうがいいよ、ということを言って僕がやらせてもらっているものです」。監督の高嶋は言った。
「あれは中谷に任せてます」
かつての師弟関係は、ともに「教える側」と変化したが、そこにある「信頼関係」は変わらない。中谷自身「高嶋野球を選手たちにかみ砕いて教えていく役目」と言うとおり、長い時間をかけて築いてきた智辯和歌山野球をつねに守りながら、時代に合わせてアップデートしていく、その一環に「野球ノート」はあるのだろう。
特徴的なのは選手からの質問が多いことだ。一般的に「野球ノート」と言えば、問いかけや檄といったアクションが指導者側からなされることが多い。しかし、智辯和歌山の場合は違う。アクションの主体が、選手側にあるのだ。
[page_break「大多数」対「1」を補う野球ノート]「大多数」対「1」を補う野球ノート
西川晋太郎
例えば、ショート・西川晋太郎の「野球ノート」。
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バットのトップの位置を少しあげてみた。
インパクトが強くなった感じで打球も強くなった気がした。
どう思いますか?
中谷はこれに答える。
やっぱりインパクトまでの距離があればある程、”強さ”は出るが”正確性”は低くなる。その辺の感覚を自分でつかめ!!
エース・平田龍輝を支える存在として期待される池田陽佑、2年生。選抜甲子園の決勝では先発を果たし、6回を2失点と強力・大阪桐蔭打線に互角に渡り合った。昨年秋から急成長を遂げた右腕は、「野球ノート」で中谷に質問をし続けた。
ある日のノート。
あとフォークの精度をあげていくと
田中マー君のスプリットはどんな握りでプロのときにどんな意識をされていたんですか?
池田陽佑
また別の日。
今、ウエイトはほぼ下半身を中心にやっているのですが、最低でも上半身もやっておいたほうがいいウエイトメニューは何ですか。
また別の日には「要望」を伝えた。
ヒップファーストになっているかがわからないようになった。あと、少しまた力感が出てきている感じが今日投げていて、自分で思った。
そこをキャッチボール、ピッチングのときに見てほしいです。
練習における「選手」と「コーチ」の関係は、多くの場合「大多数」対「1」になりやすい。ミーティングでも、指導でも「1」対「1」となれることはめったにない。部員が30名しかいない智辯和歌山でも同じだ。それを見事に補うのがこの「野球ノート」なのだ。
[page_break野球ノートとともに成長を続ける]野球ノートとともに成長を続ける
選手へ指導する、中谷仁コーチ
ちなみに、最初の田中将大のスプリットについてはこう答えた。
将大はプロに入った時は、落差の大きい”フォーク”だったが、”大きな変化球”は見極めがしやすい。なので、限りなくストレートに近い途中まで、ストレートに見える変化球を投げる事を意識していたよ!!
池田が一番忘れられないページについてこう語った。
「1年生のときにコントロールが悪くて悩んでた時期があって、春にメンバーに入らせてもらったんですけど、すぐ外されてしまって……中谷さんにコントロールをよくするためにはどうしたらいいですか? って聞いたときにいろいろなことを書いてくださったんです」ここで飛躍のきっかけを作った池田は、選抜甲子園の決勝のマウンドを任されるまでに成長したのである。
中谷とともにグラウンドだけではなく、野球ノートで成長を続けた智辯和歌山の2年生たち。優勝候補と目されながら、まさかの敗退を喫し、今度は高校生活最後の1年を過ごすことになる。この敗退を「野球ノート」にどう記しただろうか。成長を続ける彼らの夏への道はもう始まっている。
『野球ノートに書いた甲子園FINAL』には、西川、池田選手だけではなく甲子園でもスタメンに名を連ねていた黒川史陽、東妻純平選手の野球ノートも掲載。そこに書かれていたこととは一体…。気になる方は急いで書店へ!
文=編集部