Column

上田誠さん(元慶應義塾高等部監督)「エンジョイ・ベースボールの基礎を作り上げたアメリカ留学」【前編】

2019.12.25

 昨今のスポーツ界では、練習のし過ぎによる故障や、行き過ぎた根性論による指導などが問題となっている。しかし、これに対して疑問を呈し、改善を試みようという動きがあるのも事実だ。

 今回は、野球界ではいち早くこの問題に気づき、「エンジョイ・ベースボール」の旗印のもと、坊主頭や理不尽な上下関係の廃止、練習のスタイルまで様々な改革を行ってきた慶応義塾高校元監督・上田誠氏にお話しをうかがった。前編では、昔ながらのやり方から脱却し、アメリカ留学で得た経験について語っていただいた。

横並びの思想を抜け出し、築き上げた新たなスタイル

上田誠さん(元慶應義塾高等部監督)「エンジョイ・ベースボールの基礎を作り上げたアメリカ留学」【前編】 | 高校野球ドットコム
上田誠さん(元慶應義塾高等部監督)

―― まず上田先生は高校生の時から指導者を志していたのでしょうか?

 大学の上の学年になってからですね。下級生を教えたりするのが面白くなっちゃって。教育実習に行ったり、地方の中学生を教えたりすると、「これの方が自分に合っているかな」というね。

―― その後公立高校で教員もされていましたが、その時はどういった指導を行っていましたか?

 まあ昔の人間ですから、物凄いパワハラを受けながら野球を続けてきたんですよ。一方で、それが嫌だったので「こんな世界だから野球が面白くなくなっちゃうんだよ、故障しちゃうんだよ」とも思っていたし、また一方では「こうやらないと強くなれないのかな」と揺れていました。公立高校ぐらいの時はね。
 でも、あの頃から髪型は「丸坊主は面倒くさいからやめようぜ」と言っていましたね(笑)3年目くらいから、「じゃあやってみましょうか」と髪型は普通にしていました。

―― 当時にしては結構珍しいですよね?

 そうですね。特に公立なんかは、やっているところは無いですよ。僕らの時代はみんな坊主でしたからね。逆に「かっこ悪い」とか言われちゃって、「街で他校の野球部に会うと示しがつかない。『適当に野球やってるの?』と言われる」と。日本特有の横並びの思想ってやつです。みんな同じ格好をしているから安心するという、あれじゃないかと思います。
「じゃあ坊さんはみんな野球上手くなるのか?」ってね。

―― そういった横並びの思想の中でも、どうしてその意思を貫けたのでしょうか?

 慶応に戻ってきたら、髪の毛は元から伸ばしていました。戦後甲子園に出場した先輩達がいたのですが、他所の野球部はみんな坊主でした。

 でも慶応は髪を伸ばしていて、それでチームが三塁側のバックヤード前を通って退場する時に、球場中から罵声を浴びせられたんですって、「髪の毛切って出直して来い」って(笑)
 その時のOBが「あんな事経験したのは俺らだけだぞ」って逆に嬉しそうに話していたのを聞いて、「それはいいな」って思ったんです。

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髪を伸ばすなど、横並びを一新して慶応義塾を変えていった

―― なかなか無い出来事ですね(笑)

 そうなんですよ。で、慶応に来たら髪の毛は伸びていたものの、上下関係は激しくあるんですよ。下級生は朝からグラウンド整備、練習後も残っていました。昔のしきたりとかがあったんですよね。

 僕も大学時代にやらされていた事を平気で高校生もやっていて、まあ附属高だからね。でもびっくりして「あ〜これはガラガラと変えないと」と思いました。

 1年生なんて特に体力無いから、作業させたら疲れちゃうじゃないですか。授業中寝ちゃうし、宿題もあるだろうし、だから本当は早く帰ってバットくらい振って欲しいのに、遅くまでグラウンド整備なんかさせていたら、1年生が伸びないと思ったんで、1年生を先に帰らせたんです。

 2・3年生が練習している横を、1年生が「お先に失礼します」とグラウンドを抜けて行って、2・3年生が「おう、気を付けて帰れよ」と言う、みたいなね(笑)そんな図式にしようとしたら、それが上手くいきまして。「あ、いいじゃないですか」っていう。段々と全員で仕事する感じになっていきました。

―― 意外とすんなりいったんですね?

 そう。意外とね、すんなり受け止めてくれました。

―― 今の慶応もそのような感じですか?

 そうです。上下関係が無さすぎるのが怖いくらい。

[page_break:「全米大会よりメジャー」日本とはそもそも目線が違うアメリカの野球]

「全米大会よりメジャー」日本とはそもそも目線が違うアメリカの野球

上田誠さん(元慶應義塾高等部監督)「エンジョイ・ベースボールの基礎を作り上げたアメリカ留学」【前編】 | 高校野球ドットコム
慶応義塾

―― 上田先生は1998年にアメリカに行かれていますが、どういった経緯でアメリカへ?

 慶応大学には前田祐吉監督という有名な監督がいて、前田さんに「日本の高校野球に毒されてる、お前ももっと他の野球も見た方がいい」と言われたんです。ある日突然(笑)

 というのも、ある試合で、点差の離れた展開でスクイズで勝ったんですよ。そしたら前田さんに怒られたんですよ。「そんなのは野球じゃない」って。日本の公式戦だと、コールドにするためにスクイズ使うじゃないですか。それが多分きっかけだったと思うんですけど。
 それで「アメリカで勉強してこい」と。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のゲーリー・アダムズ監督と前田さんが知り合いで、「お前も自己推薦文書け」と言われて、送ったら喜んで受け入れて下さったんです。それでアメリカに1年半から2年ほど行った訳です。

―― そこでの経験は今に繋がっていますか?

 そうですね。1年半ほど帯同させてもらったんですよ。信じられないでしょ?日本の高校野球で何の実績も無い、1回も甲子園に行ってないおっさんが、大学のチームのコーチとして入っちゃうんだから(笑)

 それで色んなミーティングに入って選手を指導するんですよ。信用されるんですよね、そういった時はなぜか。まあこっちも一生懸命やりましたけどね。楽しかったです。

―― アメリカに行かれて、指導の基本になっている事は何でしたか?

 ゴロはホームランにならないとか、フルスイングするとか。ピッチャーだったらツーシーム、チェンジアップ、そういうのは熱心に聞きましたよね。アメリカ的な野球をずっと見続けて、楽しかったです。

上田誠さん(元慶應義塾高等部監督)「エンジョイ・ベースボールの基礎を作り上げたアメリカ留学」【前編】 | 高校野球ドットコム
上田誠さん(元慶應義塾高等部監督)

―― 帰ってきてから実際に取り入れたのでしょうか?

 色々と試してみましたね。日本人はとにかく「ゴロを打て」って言うんですよ。理由は、フライは捕ったらアウトだけど、ゴロは捕る、投げる、ファーストが捕る、で3回も(出塁の)チャンスがあるんですよ。「だからゴロを打て、そしたらランナーも進む、逆の方向にゴロを打て」となるんですね。

 しかし、もうバーンと振ってフライになっていいからというバッティングスタイルにしたんですが、意外と日本の審判は高めのストライクをとるんですよ。だから全部凡フライになってしまって。長打も出て甲子園に出ましたけどね。ただ最後まで振る、フルスイングするという事はずっとやっていました。

―― 先駆けでしたよね。

 ツーシームやチェンジアップはやたら教えました。それは結構良かったと思います。みんなある程度投げられるようになっていましたからね、それは随分やりました。あとランニングスロー、ジャンピングスローとか。練習のシステムが日本とは違いましたからね。

 アメリカの大学生はメジャーなどに行った時に苦労しないように教えられていますから。だから、そのレベルを日本で高校生に教えていた事になります。

―― 目線が違いますね。日本は試合のトーナメントで勝ち上がる事を目標にしていますが、アメリカはその上を行くという感じなんですね。

 「全米大会とメジャーどっちがいい?」と聞いたら「メジャーに決まってるでしょ!」と言われましたからね、全国大会がどうでもいいという訳では無いと思いますけど、そんな感じでした。

 あと1勝で全米選手権大会という所で、前日に完投勝利を挙げたエースピッチャーに「明日も頼むよ」と言ったら「俺を潰す気か!?無理だよ!」と言われましたもん。じゃあリリーフでといったらそれもダメだといわれて、アメリカはそういった感覚なんだなと思いましたね。

―― 日本の高校だったら「明日もいけ」「分かりました」みたいな感じですが…。

 違うんだと思いますね。昔はそういった感覚だったんでしょう。そんなもんかとはびっくりしましたね。
 アメリカはあの時代でも、大学でも先発(スターター)がいて、中継ぎがいて、セットアッパーがいて、クローザーがいましたからね。あの頃は面白かったですね。

―― アメリカのピッチャーは当時から役割分担がきっちりあったんですね。

 そうだと思います。アメリカも今とそんなに変わらないんじゃないかな。大学のピッチングスタッフもそういう感じでしたね。

 前編はここまで。中編では慶応義塾大でコーチをしながら感じたことや、ご自身の指導における反省点、ウェブやSNSを活用した最新の指導法について語っていただきました。

文=河嶋 宗一

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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