目次

[1]二人の恩師から学んだ「攻撃的な野球」と「緻密な守備力」
[2]恩師の野球をアップデートした杉山監督オリジナルの「考える野球」

 福岡工大城東時代は、春夏合わせて5度の甲子園出場、2017年には就任4年目にして東海大福岡を選抜甲子園に導き、ベスト8進出を果たした杉山繁俊監督。
 県内の名伯楽として知られる杉山監督だが、指導者としての理念は出身校である東海大相模、東海大学での経験が色濃く影響している。今回はそんな杉山監督のルーツを辿りながら、指導者哲学を紐解いていきたい。

二人の恩師から学んだ「攻撃的な野球」と「緻密な守備力」


 福岡工大城東時代と現在の東海大福岡で、計6度の甲子園出場経験を持つ杉山監督。
 時として豪快、また時として堅実な守備型のチームを作り上げ、その柔軟で緻密な野球に杉山監督を慕う若手指導者も多くいる。

 杉山監督は、自身の指導者としてのルーツには二人の人物がいると話す。
 一人目は、杉山監督が「親父」と慕う、故・原貢氏だ。

 「高校で3年間、大学でも(2学年年下の)息子の辰徳(読売巨人軍の原辰徳監督)が入学してからの2年間を育ててもらったのですが、とにかく親父の好きな言葉は『攻撃は最大の防御』です」

 原貢氏の野球は、打撃も守備も投球もすべてにおいて攻めの姿勢を持ち続けるものであった。練習時間も、バッティング練習に割く時間が非常に多く、多少のミスで点を取られたとしても、常に二桁安打を放ってそれ以上に点を取る野球を目指していた。

 「親父はとにかく狙い球を絞って、どんどん振っていくことを打者に求めていました」

 二人目は、東海大学野球部監督を務めた経験もあり、日南学園を春夏合わせて9度の甲子園出場に導いた小川茂仁氏だ。小川氏は、杉山監督が大学1、2年時に東海大学野球部の助監督を務めており、この時に守備力の大切さを教えられたと杉山監督は語る。

 「例えばランナーが出たら、声や牽制、動きなどでスタートを遅らせるような守備を教わりました。ほんの少しのことですが、一歩でもスタートを遅らせれば、それだけでアウトを取れる確率は高まりますから。そういった守備の大切さを教え込まれましたね」

 原貢氏の「攻撃的な野球」に加えて、小川氏の「緻密な守備力」。二人の名将から受けた薫陶が、杉山監督の指導者としての礎になったのだ。

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