第35回 メンバー決めは投票制! 西村 慎太郎監督(西日本短大付属)vol.12019年03月18日

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【目次】
[1]メンバーの投票制を取り入れようと思ったのはいつ?
[2]普段の生活態度は必ず野球にも出る


 「うちのチームはメンバー決めが投票なんですね。1番から9番まで2点で、10番から20番までが1点で一人一人が監督になったつもりで毎年投票するんです」

 西村 慎太郎監督(西日本短大附)のこの言葉は強烈な印象が残った。

 まず始めに思ったのが、「なんと大変なことを子供に託したのか」。そして次に頭に浮かんだのは「その真意を知りたい」である。

 今回は、西村監督が採用した、「投票制メンバー決め」について深く掘り下げたい。

メンバーの投票制を取り入れようと思ったのはいつ?


西村 慎太郎監督

 西村監督がメンバーの投票制を考えた背景には2つの「気付き」がある。

 1つ目の「気付き」は、西日本短大附が1992年に浜崎 満重前監督の下、全国大会優勝を成し遂げた後の選手たちの行動にある。

 浜崎は新日鉄堺で監督を勤めた後に、西日本短大附の監督に就任。社会人野球のレベルの高い野球を高校野球に持ってきた指導者である。 西村監督もまた、浜崎の指導を受けた選手の1人だ。西日本短大附は、1992年の全国制覇以降なかなか甲子園に出れずにいた。

 西村は、当時を振り返りこのように回想している。

 「非常に素晴らしい指導者がいる。すごい監督がいるから選手が頼りすぎて伸びないのではないか? 自分たちのときは(浜崎)監督に負けたくない!認められたいから、監督の求めるレベルまで早く行くぞ!という雰囲気があった。優勝した後は、監督の言うことさえ聞いてるから大丈夫となっている」

 自分たちで考えずに、偉大な指導者に依存しすぎている選手達に西村は違和感を感じていた。

 「いつのまにか監督に依存してしまって、生徒たちが伸びる方向でなく、監督に乗っかってるだけに見えたんですよ。選手に能力がどんなにあっても、そういう風になっては伸びないと思いました」

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西日本短大附 【高校別データ】

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