目次

[1]佐賀商の「葉隠れ野球」が功を奏す
[2]平成最大の番狂わせ・佐賀北の優勝
[3]続く勢力・龍谷、唐津商、早稲田佐賀

佐賀商の「葉隠れ野球」が功を奏す


 春夏を合わせて甲子園での優勝校で平成になってから(1989年以降)最大の番狂わせと言われているのは、いずれも佐賀代表の2校のものだとも言われている。一つは1994(平成6)年の佐賀商。そして、もう一つは2007(平成19)年の佐賀北である。

 佐賀商は1回戦で浜松工を6対2と下すと、関西那覇商北海と倒してベスト4進出。これだけでも佐賀県としては60年の鹿島以来のことだったが、準決勝では延長の末、長野の佐久(現佐久長聖)を下して決勝に進んだ。

 

 九州対決となった決勝は樟南(鹿児島)との対戦で、予想では圧倒的に不利だった。にもかかわらず3点をリードされてから逆転で倒した。4対4の同点で迎えた9回に、二死満塁で西原正勝(駒沢大→佐賀リコー)の神懸かり的な満塁本塁打が飛び出したのだ。こうして、ついに佐賀県勢としては悲願ともいえる深紅の優勝旗を手繰り寄せた。2年生エースの峯謙介(JR九州)も淡々と6試合を投げ切った。

 この年はベスト8で5校、ベスト4で3校が九州勢という九州イヤーでもあった。ちなみに、この年のベスト4の顔ぶれは佐賀、鹿児島、大分、長野というもので通算勝率が20位以内に入る県が一つもなかった。そんな年だから、佐賀商の「葉隠れ野球」が功を奏したのだろうともいわれた。

 

 佐賀商は歴史的にも、もう一つ甲子園では忘れられない大きなエピソードがある。82年の夏、新谷博投手(駒沢大→日本生命→西武→日本ハム)が木造(青森)相手に夏の甲子園初の完全試合まであと一人となりながら死球を与える。それでもノーヒットノーランを達成はしたという記録がある。