目次

[1]高鍋がリードした時代から、日南学園と延岡学園が双璧をなす時代へ
[2]2000年代に入ると新興勢力が一気に台頭

 

2000年代に入ると新興勢力が一気に台頭



延岡学園は2013年の夏の甲子園で準優勝に輝いた

 02年夏に甲子園初出場を果たした日章学園はブラジルからの留学生の活躍が話題となって、宮崎県高校球界に新たな風を吹き込んだ。敗れはしたものの、興誠と演じた大打撃戦は強烈な印象を与えた。
 2004年夏には新興の公立校の佐土原も甲子園に出場した。88年に創立した比較的新しい学校である。それまではとくに目立った活躍があったわけでもないが、一気に甲子園に届くと、初戦で塚原青雲を下して初勝利もものにしている。

 さらには新しいところとして聖心ウルスラ宮崎日大といった私学勢。また、かつては宮崎大淀として甲子園出場実績のあった宮崎工が、新校名となって初めて10年春に出場すると、12年夏にも出場。かつて読売ジャイアンツがキャンプ地としていた宮崎県総合運動公園球場を学校が買い上げて、専用球場となり、環境が整ったことも大きかった。
 都城商も2009年夏にベスト8に進出している。優勝した中京大中京に敗れはするが、三重智辯和歌山といった甲子園でも実績のある学校を倒しての進出は見事だった。

 甲子園の実績としては、13年に延岡学園が、初戦で自由ケ丘との九州対決を制すと弘前学院聖愛富山第一花巻東を下して決勝進出の快進撃。前橋育英に競り負けたものの、県勢初の決勝進出は大健闘だった。その後も、17年秋にも県大会優勝でセンバツ出場。この年は、新勢力として富島も台頭してきて、ともにセンバツ出場を果たしている。
 また、他には、延岡工宮崎南なども時に実績を挙げている。甲子園には届いていないが過疎化が進行している高千穂も16年秋には健闘して地域を活気づけた。
 いずれにしても、現在は日南学園の存在が新たなリーダー格となりそうだ。南九州だけに限らず広く全九州から関西地方までの野球少年を集め、質の高い野球をしているといっていいだろう。
 宮崎県は人口の割には私立校が多いのも特徴ともいえるが宮崎学園鵬翔などもそんな一つだ。鵬翔は16年秋季県大会にも優勝している。

(文:手束 仁