目次

[1]八戸学院光星と青森山田の対決構図
[2]2強以外では八戸工大一、弘前聖愛、三沢商が近年、甲子園出場

八戸学院光星と青森山田の対決構図


 近年の青森県勢の躍進は著しい。高校野球の地域勢力構図を変えたともいえるくらいだが、極論すれば青森県の躍進というよりも、光星学院時代の2011(平成23)年夏から3季連続して準優勝を果たした現八戸学院光星の1校が抜け出たということになる。もっとも、その引き金というか起爆剤になったのが、ライバルともいえる青森山田の存在だった。
県内の勢力争いとしては、この両校の対決構図は、90年代後半から現在に至るまで続いている。

 そして象徴的だったのが2016年春だ。センバツでは青森山田八戸学院光星が県内初の2校選出となった。まさに、今の青森県の勢力構図を象徴するかのような形になったのだが、今後もこの両校が他の青森県勢の的となりながらも、今後も2強として進んでいくことになるであろう。
 両校に共通していえる特徴的なことは、関西をはじめとして、青森県以外の選手が比較的多いということである。したがって、試合前には東北弁というよりは、関西弁が耳に入ってくることも多い。地元ではもう一つ地場の匂いがしないということはあるのかもしれない。
しかし、確実に彼らによって県内のレベルそのものは引き上げられている。確かに関西で少年野球をやってきた選手は、野球の技術も高いレベルで取得しているが、それだけではなくマナーなどを含めて鍛えられている。県内の選手たちが、それに引っ張られるようになり、さらに意識も技術も向上していっていると言えよう。

 光星学院(当時)の台頭は03年の夏が象徴的だった。ダルビッシュ有を擁する東北と準々決勝以上では初めての東北勢対決となった。青森勢にとっては赤いツバの帽子で胸に大きく「KOSEI」の文字のユニホームは頼もしい存在となっていた。00年夏にベスト4、01年夏もベスト8と光星学院は、すっかり甲子園の上位の常連になっていた。かつて多くの人が抱いていた青森代表とはまったく違ったイメージを与える存在になっていたのだ。
 この躍進がベースとなって、11年からの快挙につながっていく。
一方、青森山田も93年夏に初出場して以降コンスタントに出場を重ね、04年夏以降6年連続出場を果たすなど県内で君臨した。
こうして、光星学院と競い合いながらお互いが力をつけていったのである。