目次

[1]中学時代は長打よりもミートの上手い選手
[2]転機となった九州選抜での台湾遠征
[3]人のプレーで喜べる真っ直ぐな人間性


 ヤクルト・村上 宗隆内野手(九州学院出身)は2022年史上最年少でのセ・リーグ三冠王を獲得し、名実ともに日本プロ野球界の顔となった。先日発表となったワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の第1次代表メンバー12人にも選出。2023年も一挙手一投足に注目が集まるが、村上が中学時代の3年間でプレーしたのが、熊本県美里町で活動する熊本東シニアだ。

 昨年で創設34年を迎え、村上以外にもソフトバンク1軍・吉本亮打撃コーチを輩出した強豪で、チームを率いる吉本幸夫監督は30年近くにわたり指導に携わっている。

 今回は吉本監督に、村上の中学3年間の成長、そして人柄について振り返っていただいた。

中学時代は長打よりもミートの上手い選手



侍ジャパン・村上宗隆(九州学院出身)

 私が最初にムネ(村上)を見たのが、小学校5年の時です。2歳年上のお兄さん(友幸さん)がチームに入団して、お母さんに連れられてきてグラウンドにやってきました。キャッチボールをしたり、他に来た友達と遊んだり、その辺をウロウロしたり、本当に甘えん坊の頃から見てます。

 小学校6年生の11月くらいからムネも入団しましたが、当時は体も小さく、周りより大きい印象は全くありませんでした。お兄ちゃんが投手だったので、後ろを守ってエラーして怒られたりとか、そんな姿がすごく印象的に残っていますね。

 実力的にも目立って上手いわけではなくて、学童の中で少し上手いかな、というぐらいです。元気は当時から良かったですけれども。

 それでも同期の中では中心選手で、2年生から3番を打たせていました。先輩たちの中でも打撃力はありましたが、大きな当たりを打つというよりも、いい当たりを打てるかなぐらいの感じ。長打よりも、ミートの上手い選手という印象の選手でした。

 テレビでは私が中学時代に撮影した映像がよく出ていますが、中学2年生の7月頃の映像です。そんなにすごいスイングというわけではなく、逆に今の選手たちには「中学2年生でこれくらいのスイングでも、将来は村上選手のようになれるかもしれないよ」と言っているくらいです。

 また九州学院では捕手をやっていましたが、捕手をやらせたのは2年生秋のムネたちの代になってからです。それまではずっとセカンドをやっていたんですよ。その経験も今に繋がっていると思います。