今年のプロ野球、パ・リーグはオリックスが25年ぶりのリーグ優勝を飾った。その後、クライマックスシリーズ(CS)・ファイナルステージでもロッテを下して日本シリーズへと向かった。日本一には届かなかったが初戦を含めて2勝。1点差ゲームが6試合中5試合と接戦を演じた。しかし、この男の一打がなければオリックスの日本シリーズもなかったかもしれない。

 小田 裕也外野手。プロ7年目の32歳。今季101試合に出場しながら18打席しかなかった男の一振りで、日本シリーズ進出が決まった。

 引き分ければ日本シリーズ進出が決まるロッテとのCSファイナル第3戦。2対3で迎えた9回裏無死一、二塁で打席に入った小田がバスターで右翼線へ放ち、「サヨナラ」でドローが決まった。「ワンチャンス」を見事生かして、一躍、時の人に。チーム一丸で優勝したオリックスらしさの象徴でもあった。

 高校時代の恩師、九州学院(熊本)の坂井宏安前監督は「今のオリックスでの活躍は九州学院に入ったときからは想像できません」と目を丸くして驚いている。

「まあ目立たない子でした。おとなしかった。身長も170センチもないくらいだったし、でも能力は高かった。内野手だったんだけど、足と肩がよかった。よし外野に持っていこうと右翼手をさせたんです。熊本の藤崎台(リブワーク藤崎台球場)も甲子園も、右中間が広いから肩の強い子を右翼手にもっていこうとね。そうしているうちに背も伸びてきて1番を打てるようになってきた」

 日に日に成長する小田の姿にうれしくもあり、驚いた。さらに卒業後の活躍にも坂井前監督は「運命」を感じていた。東洋大に進み、4年の時の2011年大学選手権、延長10回小田のサヨナラ2ランで連覇が決まった。その後も日本生命に進む。

「東洋大で伸ばしてもらいましたね。大学選手権優勝の時も、あの子のサヨナラホームランで日本一になったんですよね。それから日本生命にいってからオリックスでしょ。あんな地味な子が野球界の王道みたいなところをいってますね」

 坂井前監督は11月24日、東京ドームで行われた日本シリーズ第4戦を初観戦した。九州学院OBとして、ヤクルトに村上 宗隆内野手(九州学院出身)、オリックスに小田。指導者としてこんな幸せなことはない。64歳がはしゃいだ。

「もう、ミーハーになってね。三塁に村上が守ってて、一塁ランナーに小田がいてという場面があったので(席から)写真を撮ったんですが(本人たちが)小さくて…。そしたらスコアボードに、小田と村上が出ている時があって、しっかり写真を撮りました。うれしいですよね。他の名門校なら、そんなことはいっぱいあるでしょうけど、うちみたいな高校で、日本シリーズの両チームにうちの子たちがいるなんて」

 勝敗はどうでもよかった。熊本から巣立った2人が日本プロ野球最高峰の試合でプレーしているだけで坂井前監督は幸せだった。小田のバスターでの「サヨナラドロー」がなければ、坂井前監督の写真撮影も実現しなかったかもしれない。小田は恩師に最高の「恩返し」をしたことになる。

(記事=編集部)