目次

[1]「あの先輩」がブルペンに来ると中井監督に……
[2]節目節目であいさつができる「人として」育ってほしい

節目節目であいさつができる「人として」育ってほしい



野村祐輔の恩師である中井哲之監督(広陵)

 高校で最も印象深いのはやはり逆転満塁ホームランで負けた3年夏の甲子園、佐賀北(佐賀)との決勝戦後。宿舎では野村だけでなく、みんな泣いていました。あとで聞いたら「監督さんが僕らの気持ちを代弁して、僕らを守ってくれたうれし涙でした」とは言ってくれましたけど。 僕は彼らに「正しいか、正しくないか」という躾(しつけ)はしてきましたし、僕自身もそうしてきましたけど、そんなこともあって嬉しかったんだと思っています。

 でも、僕らにとっては普通なんですよ。「親父が泣けば子どもが泣く、子どもが泣けば親父が泣く」というのは。広陵はずっとこのスタイルなので。

 それと野村は有原(航平・北海道日本ハムファイターズ)もそうなんですが、彼は節目節目で広陵まで来てあいさつをしてくれる。そんな彼ですから。僕は今も日々自分に厳しく頑張っていると思います。

 だからこれは誰にでも言っていることなんですが、野村にはこれからも「人として」育ってほしい。いつかプロ野球選手としての時間は終わるわけですし、「野村さんは野球が終わっても腰が低いし笑顔が似合う」と言われてほしいですね

(取材・文=寺下 友徳

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