目次
恩師が語るヒーローの高校時代 北條 史也

[1]入学時はプロに行ける選手だとは思わなかった
[2]金本監督と北條の共通点とは
[3]自分に合う感覚は自分でつかむしかない

 2011年夏から三季連続で甲子園準優勝した光星学院。その中心となった田村 龍弘北條 史也の3、4番コンビに惹かれた高校野球ファンも多いことだろう。北條は最後の夏で歴代2位タイの4本塁打を記録し、甲子園の歴史に名を刻んだ。卒業後は阪神タイガースに入団。4年目となる2016年に大ブレイクし、球団4人目となる高卒4年目以内に100安打到達という偉業も達成した。持ち前の生真面目さ、さらにスター性を兼ね備え、タイガースファンからの人気も高まっている北條選手の高校3年間の歩みについて、仲井 宗基監督に語っていただいた。

入学時はプロに行ける選手だとは思わなかった

光星学院時代の北條 史也選手

 入学当時仲井監督は北條を見て、負けん気が強く、芯が強い選手だと感じたという。
「北條は芯が強くて、実直な性格で、本当に良い男なんです。中学でも田村と一緒にプレーしていたので仲が良いですし、良きライバルだった。田村の成長の原動力が北條ならば、北條の成長の原動力は田村だった。それぐらい良いコンビだったと思いますよ」

 田村とは、大阪狭山ボーイズ時代から一緒だった。そして田村と同じく1年夏からベンチ入りを果たす。
「1年生が田村1人だけでは大変だったので、北條も入れたんですよね」
そう言わせるほど北條も実力があった証である。北條も1年秋には強打の遊撃手として、打率.417、2本塁打、12打点の好成績を残し、選抜出場に貢献。初出場となった第83回選抜大会では7番ショートとして出場したが、2試合で7打数1安打に終わり、悔しい結果に終わった。

 仲井監督は、まだこの時点でプロに行ける選手だとは思っていなかった。
「田村のように小さい体を補うほどのセンスがある選手ではなく、体も細かったでですし、まだパワーもそれほどなかった。だから大学に行かせようと思っていましたし、本人には『高卒プロは無理や!』と言っていたんです。でもそう言われて悔しかったんでしょうね。それから北條は飯をたくさん食べてトレーニングもガンガン行って体を大きくし、さらにバットもどんどん振って、打球もかなり飛ばすようになりました。しっかりとやれる子でした」

 指揮官の低評価をバネにして取り組んだ北條は、2年夏の甲子園では5番ショートとして出場。19打数7安打の活躍で準優勝に貢献した。そして2年秋には中心打者として、2本塁打、11打点、打率.349と好成績を記録。またその年の神宮大会では、2回戦神村学園戦でタイブレークとなった10回裏に、サヨナラ満塁本塁打。決勝戦愛工大名電戦では、8回裏に大会屈指の左腕・濱田 達郎から試合を決める適時三塁打を打つなど、大舞台での活躍が光った。

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