第11回 PL学園(大阪)編2「松井稼、福留など数々の逸材を輩出した1990年代のつながり!」2015年06月23日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

左から今江 敏晃選手(千葉ロッテマリーンズ)、松井 稼頭央選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)

【目次】
[1]松井 稼頭央、サブロー、今江敏晃などプロで活躍する野手が多く占める
[2]1992年卒~2002年卒の卒業生たち

 前回は栄光を極めた1978年~1987年までのつながりを紹介したが、次は1990年以降のつながりを紹介していきたい。

松井 稼頭央、サブロー、今江 敏晃などプロで活躍する野手が多く占める

 平成に入ってもPL学園は、多くの好選手を輩出してきた。1994年卒の松井 稼頭央選手、1995年卒のサブローこと大村 三郎選手、1996年卒の福留 孝介選手など球界を代表する野球人を輩出してきた。そして再び全国の野球ファンを虜にするのは、1998年である。

 1998年選抜、エース・上重 聡選手、大西 宏明選手、田中 一徳選手など個性的な選手を揃え、準決勝であの松坂 大輔(福岡ソフトバンク)選手擁する横浜と激突。試合は2対3と激戦を展開。その横浜は優勝を果たし、名門同士の対決にファンは夏での再戦を待望した。

 そして1998年夏準々決勝で再戦を果たす。試合は延長17回に及ぶ熱戦の末、敗れた。しかしこの試合の過熱度は全国の高校野球ファンを感動させ、この試合の模様を描いたドミュメンタリー本が発売され、それもヒット作になり、それだけ注目を集めたカードであった。

 そして田中 一徳が主力となった1999年選抜は、再び横浜と対戦。3季連続の対決が初戦で実現し、大きく盛り上がった。この試合では6対5で接戦をものにして初戦突破。ベスト4まで勝ち進み、優勝した沖縄尚学に6対8で敗れる。

 2000年は夏の甲子園出場。3回戦で敗れたが、2年生に今江 敏晃選手、朝井 秀樹選手などその後プロ入りする好選手を多く揃え、最上級生となる翌年は更なる躍進が期待された。
そして2001年。部内で不祥事があり、夏の大会を出場辞退する。これは一つのPLの転換期であった。

このページのトップへ

第97回全国高等学校野球選手権大会
僕らの熱い夏 2015

【次のページ】 1991年卒~2002年卒の卒業生たち

この記事についてTwitterでつぶやく この記事についてFacebbokに投稿する
【関連記事】
第10回 沖縄で着実に受け継がれる甲子園のDNA【沖縄の高校野球】
第1091回 野球人生の分岐点は兄の直言があった。川野涼多(九州学院)が松井稼頭央二世と呼ばれるまで 【2019年インタビュー】
第1回 智辯和歌山 名誉監督・高嶋仁氏 ×PL学園元監督 中村順司氏 「練習時間の短縮化」と「野球人口減少」を名将たちはどう考えるのか?【変わりゆく高校野球】
第9回 球史に名を刻む名将・高嶋仁氏(智辯和歌山 名誉監督)、中村順司氏(PL学園元監督)が考える球数制限【球数制限問題】
第1080回 桑田真澄(PL学園) PLに大きく育ててもらい、そして甲子園でさらに大きく育ててもらった 【2019年インタビュー】
第1021回 そのスイングはまるで福留孝介。そして父を超えるセカンドを目指す! 黒川史陽(智辯和歌山)【前編】 【2019年インタビュー】
第950回 メジャーリーガーが全幅の信頼を寄せるウイルソン米国本社マスタ-クラフトマン 麻生茂明氏【前編】 【2019年インタビュー】
第958回 今年がラストチャンス!並々ならぬ決意で臨むPL戦士・中山悠輝(東京ガス) 【2019年インタビュー】
第538回 爆発力で勝ち取ったベスト8!チームの意識を変えて挑んだ岩倉(東京)【前編】【野球部訪問】
第29回 高校野球を彩った名選手たちを振り返る!【後編】(1990年代後半~2010年代後半)【高校野球ヒストリー】
東大阪大柏原vsPL学園【大阪府 2016年夏の大会 第98回選手権大阪大会】
大体大浪商vsPL学園【大阪府 2015年夏の大会 第97回選手権大阪大会】
PL学園vs城東工科【大阪府 2015年夏の大会 第97回選手権大阪大会】
PL学園vs上宮太子【大阪府 2015年夏の大会 第97回選手権大阪大会】
大阪桐蔭vsPL学園【大阪府 2015年春の大会 平成27年度春季近畿地区高校野球大阪府予選】
PL学園 【高校別データ】

コメントを投稿する

コラムトップに戻る サイトトップに戻る

コラム